最終話 戻るべき世界



 1 


「はぁあ。マジつまんねぇ……」
 田畑に囲まれた田舎道。男はげんなりとした顔で、車を走らせている。

 ……半年ほど前に、彼女に別れを告げられてからというもの、ロクな事がない。
 今日もまた、ロクでもない目にあってしまった。
 死ぬ思いでツライ仕事を1週間乗り切り、待ちに待った今日……土曜日の朝。意気込んでパチンコ店に朝イチから駆けこんだものの……打つ台打つ台がみんな、そろいもそろって全く当たらず、ほぼストレートに7万円ほども負けてしまったのだった。
「まだ午後の2時だってのによぉ……!」
 悔しくて何度も一人ごちる。……この時間なら、あきらめるにはまだ早い。まだまだ、負けた7万円を取り戻せる可能性は充分にある。
 ……しかし、男にはもう金がなかった。手持ちの金は小銭しかなく、ATMに行ったところで、残高はない。貯金なんてものもない。
 貯金どころか、男には借金があった。消費者金融3社から50万円ずつ借りていて、借金の総額は150万円になる。

 ……だがまだ手はある。借金の限度額がいっぱいになって借りれなくなっても……また別の金融会社から借りればいいだけの話だ。
 しかし、男はこれ以上借金を増やすのが怖くなっていた。毎月の支払いがキツくてしょうがない。利子分を払うだけで、毎月数万円が飛んでいく。
 支払っても支払っても……借金の元金なんかミジンも減りはしない。入金した直後に、また借りるハメになるからだ。
 とにかくこれ以上借りたら、さらにキツくなるのは目に見えている。それだけは何としても避けたい……。
 今日の朝イチからの勝負は、男にとって絶対に負けられない勝負だった。
 だがそんな意気込みに反してなすすべもなく、かき集めた最後の金を全て、パチンコ店に吸い取られてしまったのだった……。

 もうどうにもならない。次の給料日まで、ギャンブルはおあずけだ!
 ……いやそればかりか、今月の借金の支払いについて、考えなきゃならない。まだ3社とも、払っていないのだ。借りて払ってを繰り返すとしても、最低4万円はいる。でも金がない……。どうしよう?
(しょうがねえ。テキトウに言って、親から借りるしかねぇ……)
 そんなところに考えは落ち着く。とにかくもうこれ以上、消費者金融の借金を増やす事は許されない。……だが、親なら一応は安全だ。
 借りる額は怪しまれない程度にしておこう……。借金をしている事がバレたら、おお事だ。

 金がないと心まで貧しくなる。
 せっかくの休日も、全く楽しめそうにない。でも親から5万円くらい借りる事ができれば……だいぶラクになる。借金の今月の支払い分を入金をする前に、もう一度勝負してみてもいいだろう。
 ……とにかく、もう今日はダメだ。期待を込めた大勝負に負けたんだから……おとなしく家に帰るしかない。
 男は、実家で両親と暮らしている。いくら金がなくても、家にさえ帰ればメシは食える。それだけが救いだった。

「……ん?」
 道と田畑しかないつまらない光景の中に、男はふと違和感を感じた。ピンクに黄色……カラフルな色合いが目にとまる。
 ……道ばたに、女が立っている。
 しかも、こちらに向けて手を振っているではないか。

(……コッチを見てる?)
 あんな若い女の知り合いなんか、いるワケもない。
 車の速度を下げて、女に見入る。女は手を振るのをやめ、今度は道路に向かってまっすぐ腕を伸ばし、親指を突き出した。
(何だっけ、あのサイン。……ヒッチハイク?)
(若えなぁ……スタイルもいいし……しかも美人じゃね、あれ……?)
 見とれている内に、行きすぎてしまう。

 ……あんな若い女が、この車に乗る?
 夢じゃない。ほんのちょっとの勇気で、それはすぐに実現するのだ!
「すっげ! マジ、すっげ!!」
 男はあわててブレーキをかけた。そして助手席のゴチャゴチャした荷物を全部、後部座席に放り投げて、座席をキレイにした後、バックミラーを確認する。
 ……後続車はない。女はまだ、道ばたにいる。
 男はゆっくりとバックする。それに気づいた女が、大きな荷物を背負って走ってきた。

 ●

 男は助手席のガラスを下げる。
「乗っていいんですかあ?」
 明るい声。ドアごしの女の笑顔に、男はドキドキしながらうなずいた。
「あのー……荷物、ちょっと大きいんですけどぉ……後ろに置いちゃって、いいですかぁ?」
「後ろ……? あぁ、いいよ。ちょっと汚いけど……テキトウに置いちゃって」
 後部座席は、雑誌やらゴミやら作業服やらで、本当に汚かった。
「よいしょ……」
 ガシャガシャン……!
 後ろに置かれたバッグから派手な金属音が鳴り響き、男は飛び上がるほどびっくりした。

「じゃ、すみませーん。お願いしまぁす」
 女は早速、助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。
 久しぶりの女。久しぶりに間近で見た、女のふくよかな胸。
(でけえぇ……)
 男は胸を高鳴らせながら、車を出した。

「あ〜……あのさ。あんな所で……何してたの? あの辺、何もないじゃん。まさか、歩いてきたの? 街の方から?」
 女が立っていた場所。少なくとも、街から5〜6kmはある。しかも急こう配の山道が間にある。
「そうですー。歩くの好きなんでー。でも、ずっと歩いてる内に、やばいなーとは思ってましたー。この先どれだけ行っても、山しかないんじゃないの〜?って。アハハハ」
 女はコロコロ笑う。……美人だ。若くて、スタイルも良くて……しかも性格も明るそうだ。
 半年前に別れた彼女とは大違いだと思った。アイツはブスでスタイルも悪くて、性格も気まぐれで……でもヤレていたから、つきあっていたようなものだった。
 それでも、一応は好きだったが……ハッキリと別れを告げられたのでは、別れるしかなかった。

「で、あの荷物は? 何か硬いものでも入ってる? ガチャガチャ鳴ったよね?」
 前の彼女より、今は隣の若い女だ。もしかすると、お近づきになれるかもしれないじゃないか!
「え? そうですねー。硬い物、いっぱい入ってますねー」
「ふ〜ん」
 硬い物が何なのか聞いても良かったが、それでは話がしつこくなるような気がしたので、やめておいた。
「それにしても……君、すっごい美人だよねー! ……いや〜、こんな美人を見たの、ホント初めてかもしんない! びっくりだよ!」
 知らずと目が輝いてしまう。お世辞なんかいらない。何もかもを忘れさせてくれるほどの美人だ。
「え〜……そんなー。大げさすぎません? ありがとうございますー」
 女のノリも良く、男はやたら饒舌になる。ヒッチハイクをするくらいだから、人なつっこい女なんだろう。
 しかも、とびきりの軽装だ。ピンクの半そでのシャツに、黄色のホットパンツ。まるでランニング途中の格好だ。無防備にもホドがある。こんな恰好で他人の車に乗るだなんて……この女には警戒心というものがないんだろうか?

 女の胸……そして剥き出しの健康そうな太ももが、やたらと気になる。
 許される事なら、ほおずりして、かぶりつきたい。そしてその胸を、思いっきりもみしだきたい……。
(女なんか……超久しぶりだからな……)
 彼女と別れてから半年。半年も、女の肌に触れていない。
 いや。アイツは別れる数か月前から、なかなか会ってくれなくなったし、会ったとしても、ヤラせてくれなくなった。だから女の味は、ヘタすりゃ1年ほども味わっていない……。
 ふと自分の鼻息の荒さに気づき、息をしずめる。
 ……この興奮。この高揚感。
 身体じゅうの血が駆けめぐり、股間がぎゅうぎゅうに膨張していくのを、抑え切れない……。

「……で。どこまで行くの? 俺ヒマだからさ、どこまででも乗せてってあげてもいいよ?」
 ヤリたい。お近づきになりたい。
 今は無理でも……電話番号かメアドだけでも、どうしても知りたい……!
 こんな美人と知りあえる機会なんて、めったにない。この先、2度とないかもしれない。

「え〜……いいんですかー? 助かりますけどぉー……じゃあ、どうしよっかなぁ……? 実を言うとー、行き先とか別にないんですよー……」
「へええ? 行き先がない? ……気ままな旅、ってワケ?」
「そんなトコですねー……。あー、この辺、温泉とかあります? ちょっとお風呂、2日くらい入ってないから。アハハ……臭くないですか、アタシ?」
「え?」
 言われて、反射的に女の胸元に顔を寄せる。これは許される範囲だろう……。
「いやいや。全然、臭くないから。大丈夫!」
 女の胸を間近で凝視して、男はさらにガマンが効かなくなる。……やりてぇ。たまんねぇ……もみてぇ。

「あー。今、エロい目で見たでしょー!」
 女に肩を小突かれる。いきなりのボディタッチに、男は目を丸くした。
「え?! ……いやいやいや! だって……しょうがないじゃん! そんなカッコされたんじゃあさぁ……たまんねぇって言うか……」
 もうガマンできない。股間が破裂しそうだ。きゅうくつで痛い。ズボンの外に開放されたがっている。

「……たまんないの?」
 そう聞かれる。
「うん。まぁ……男だからねぇ」
 興奮しすぎて息苦しい。

「……たまんないの?」
 ふいに女の指が、男のあごをなぞる。男は電撃を食らったように、身体をビクンと跳ねさせた。
「マジ、たまんないッス!」
 もうダメだもうダメだもうダメだ! こんな事をされたらもう……襲わずにはいられない。冷静でなんかいられるものか!

「じゃああ……触る?」
 女は自分の胸を指さす。
「えええ〜?! ……い、いいの?!」
 まさかのお許しが出た! 運転しながら、ズボンをイッキに下げてしまいたくなる。

「いいよぉ……。でもさー、ひと気のない所に行って欲しいんだけど?」
「うん!! オッケーオッケー! この辺の道なら完璧、わかるから。地元だし!」
 金はない。どうせこの辺にはラブホもない。……だからカーセックスだ!
(ヒッチハイクの女を乗せて……そのままカーセックス?! ……あぁ、何てツイてるんだ、俺は! まるで夢みたいだ!)
 男は突如おとずれた自分の限りない幸運に、涙が出そうになっていた。
 この辺は山に囲まれているから、隠れる場所には事欠かない。
 民家が立ち並んでいても、その裏手にある山道に入り込んでしまえば、もうそこは木々に囲まれた大自然……静かな山の中だ。邪魔なんかそうそうは入らない。

(……しかしスゲーな! こんなエロマンガみたいな展開がマジであったりするとか! 俺、今日死ぬんじゃねえの? ヤッベーーッ!)
 男は満面の笑顔で、この先にある山道へと車を急がせた。


 2


 土くれでできた1本道の先。深い森の奥。
 ゆらめく木漏れ日の中で車は止まり、女と男は車外にいた。

「ゲーーーッ!」
 男はノドにアイスピックを突き刺される。バタバタと土くれの上をもだえ苦しむ。
「キャハハハハ……!」
 女はそれを見て笑い、男の手を取ると、自分の胸に押しつける。
「ほらぁ……セックスしないのぉ……? 触っていいんだよぉ……?」
 だが男は血まみれで、痛がるばかりだ。すでに、両足がズタズタに切り裂かれていた。右足はちぎれている。
 ――女が車の後部座席に乗せた大きなギヤ・バッグ。その中には、ナイフやナタやノコギリといった凶器が、びっしりと収められていたのだった。

「ねー……殺して欲しいぃ……?」
 顔をしかめて苦しがる男に、女は顔を近づけて問うが、返事はない。
「じゃあ、このまま放っていこうかなぁ〜……?」
 この森の奥で、生殺しのまま放置。
 運が良ければ、こんな裏道でも誰かが通りかかるかもしれないが……その先、病院へ搬送されたところで、男が生き延びる可能性は極めて低いだろう。
 男の血は、切られた両足からもう相当な量、流れ出てしまっている。

「ココ……ッ! コココ、殺シ……ッ!」
 男は必死で願った。……もう助からない。もし助かっても、両足はもうまともには機能しないだろう。この先は障害者の生活が待っている。
 肉をえぐり取られ続けているような両足の激痛。アイスピックを刺された首も、痛くてたまらない。この痛みから一刻も早く、解放されたい……! 治療などというまどろっこしいものは、もう待てない。それが済むまでの地獄の苦痛を思えば、気が遠くなる。
(……もう、終わりでいい! 俺の人生はもう、ここで終わりでいい!)

「なあに?」
 女は優しい顔で男に問うが、男はもう、まともにしゃべる事ができる状態ではなかった。
「うぶっ! ゲゲゲ……ガアアッ!」
 男は派手に吐血する。死ぬ。自分はここで死ぬんだ……!

 その時、男の脳裏に黒い渦が侵入してきた。
 それは……自分ではない、何か。男の意識は、そこで強制的に遮断された。

 男の意識がカラッポになる。
 その途端、男の口から、トゲの生えた何本もの「いばら」が、狂ったように這い出てきた。

「……はあッ?! 何よコレッ!!」
 さすがの女も驚いて目を剥く。
 人間の口の中から、植物が出てきた……?

 女が目を丸くして見守る中、無数のいばらは蠢き、からみあって束になる。そして、見る間に真っ赤な花を咲かせていき……やがて、その花々は互いに押し潰しあって、一つの集合体となった。
 宙に浮かぶ、グロテスクな塊。花でできた、真っ赤な脳。
「何なのよ、コレは……?」
 見ているものが信じられない。こんな事は、現実では起こりえない。絶対に。

「ハハハハハ……! ハハハハハ!」
 男の口から宙へ生え出たその真っ赤な塊は、突然笑い出す。
「……冗談じゃないわッ!」
 気分良く殺人を楽しんでいたのに……まさかの、突然の悪夢に襲われている。
「何なのよ……何が起きてるのよッ!」
 女は、土くれの上のギヤ・バッグに駆け寄り、真新しいナイフを取り出すと、そのグロテスクな花の塊に向けて、切りかかった。

「ギャーーーッ! ギャアアアアッ!」
 花びらをまき散らしながら、それは悲鳴を上げる。
 女はその悲鳴が止むまで、メタクソに切り刻んだ。


 3


 それからも女――佐々木 怜子は、見知らぬ他人を殺し続けた。
 人を殺す事は、もうかなり以前から行っている。殺した人数は、とうに数えるのをやめていた。少なくとも、100は超えている。
 佐々木 怜子には住む家――アパートがあり、そこを拠点として、メールサイトで知りあった男を片っ端から殺していた。そしてサイフの金を頂戴する。
 だが同じ方法を続けていてはすぐに足がつくし、面白味もない。だから時折、今回のように遠出して、見知らぬ地で見知らぬ人間を殺すといった工夫も織り交ぜていた。
 ヒッチハイクや逆ナンで男を引っかけるのも楽しい。……気分がノレば、ちゃんとセックスもさせてやる。もちろん、その後でキッチリと殺すのだが。

(あぁ、またなの……?)
 夜の公園。外灯の光を避けた木々の下。
 今夜もまた、見知らぬ地で見知らぬ他人を惨殺したが……その身体から、異様なものが生え出てきたのだった。
 殺した若い女の全身を覆う、緑の草葉。見る間に茎が伸び上がり、いばらとなり、そしてたくさんのつぼみが膨らんでいき……毒々しい真っ赤な花びらが音もなく開いていく。
 それらをじっと眺めながら、佐々木 怜子は思う。これは一体、何なのか? 自分は悪魔にでもとりつかれてしまったのだろうか……?

 それともこれは幻覚なのか。心の奥底では人を殺す事に罪悪感を持っていて、その重圧によって自分の頭が狂い出し、あるハズもないものを目にしているのだろうか?
 ……いや。自分はそんなにか弱いタマではない。今まで散々、笑いながら殺しまくってきたではないか。そこに虚勢や強がりはなかったハズだ。
 じゃあ、何が起きている? この花は何だ?
(どう考えても、現実じゃあこんな事は起こり得ない。つまり、今いるこの「世界」そのものが……おかしい?)
 それは数日前から突然起きたのか。……いや、そうではない。以前から自分は、予兆めいたものを感じていたハズだ。

(……そう。いつからか……自分が殺した人間の事が、あまりニュースにならなくなった)
 まるで自分の殺戮には感心がないかのように、世界は何も動じない。
 どれだけ人を殺しても、警察に捕まる事はなく。スリルや張りあいというものを忘れていき、最近はただ惰性で人を殺し続けていた。

 佐々木は考える。
 世界は最初、現実であるかのようなフリをしていた。だがいつからか、それを少しずつ崩していって……やがては現実のフリをするのを、すっかりとやめてしまったのではないだろうか?
 今目にしている毒々しい化け物花。それは世界そのものが自分に対し、現実ではない事を「形としてハッキリと見せてくれている」という事なのではないだろうか?
「ギャッギャッ……」
 毒の花がゆらめいて笑い出す。
 こんなものは……夢でしかない。現実ではないのだ。

 ●

 公園を後にし、佐々木は大きなギヤ・バッグを背負い、暗い路地をアテもなく歩く。
 周囲にはいくつかの住宅が見える。乗り込んでいって、どの家も皆殺しにしてやろうか? そんな悪意が芽生える。
 でもどれだけ殺しても、世間に何の反応もないのなら……それはもう無意味なのではないだろうか?
(……違うわよ。アタシは、自分の殺しがニュースになったのを見て喜んでいたワケじゃない。アタシはただ単に、殺したかったから殺してきただけの事よ)
 殺す理由は、あってないようなものだ。
(人間なんて、どいつもこいつも……邪魔でウザくて汚らしくて間抜けで……とにかくぶち殺したいだけなのよ! どうあっても殺さずにはいられない)

 見た事のない他人までもが、憎らしい。
 佐々木は顔をしかめて歯を剥き出し、そばの家の玄関に駆け込んだ。

 ●

 インターホンを押す。
「宅配便ですぅー」
 佐々木はそんなフザケた事を言う。すぐに玄関の戸が開き、主婦らしき女が姿を見せる。
「……はーい?」
 出てきた主婦を見て、佐々木は笑う。
「ちょっとちょっと……こんな夜中に無防備すぎるでしょ。田舎ってみんなこうなの? ……それとも何? 今は夢だから、もう何もかもがテキトウになっちゃってるの?」
 主婦は口を開けたまま、返答に詰まっている。
「……あー、わかったわかった。もう死ね」
 佐々木は玄関の中に押し入り、女の胸元にナイフを突き立てた。
「がッ……はッ……!」
 女はすぐに、くずおれる。

 佐々木はクツのまま家の廊下に上がり、リビングらしき部屋に踏み入る。
 老人と小さな子が2人。TVの前に座り込み、突然の見知らぬ訪問者である佐々木を見て、目を丸くする。
「アンタらに意思はあるの? ……アンタらは本当に、生きている人間?」
 佐々木は血のついたナイフをかざす。
 老人と子供達は、わっと叫んで部屋の奥へと逃げる。カラフルな色のタンスの下、子供達はしゃがんで泣き叫び、老人は子供達をかばうように前に立つ。

 佐々木は、老人の元にまっすぐ向かう。そして老人のノド元にナイフの刃を向ける。
「何も難しい事を聞いてるワケじゃないでしょ。……アンタらは、生きている人間なのかって聞いてるのよ」
 佐々木の問いに、老人は答えない。ガタガタと震えるばかりだ。
「……わかんないワケ? 自分が生きているのかどうかも?」
 じゃあ死ね、と老人の脳天にナイフを突き立てようとして……気分がノラなくなって、やめた。
 佐々木は、老人の背中にしがみついて怖がっている、2人の子供に目を向ける。
 腰を落とし、甘い声を出す。
「ごめんね〜。お姉ちゃんさー、ぼうや達のお母さん、殺しちゃったー」
「えッ?!」
 子供達はびっくりした顔を上げる。
「……でも大丈夫。これは「夢の世界」だからさ。何にも心配する事はないんだよ〜?」
 佐々木は笑顔で子供の頭をなでる。
「ぼうや達もさー、実は生きてなんかいないんじゃないかなぁ? アンタらは、どこにも存在なんかしてない。思考すらないのかもしれないわね〜。ぼうや達の昨日までの楽しい思い出も嫌な出来事もー、多分、ぜーんぶウソ。食べたものもぜーんぶウソ。おいしいと感じているアンタらそのものが、どこにも存在なんかしていないんだからね〜?」

 ……そして、自分も。
 長年、普通の人間として生きてきたつもりでも、それらは全くのウソだったというワケだ。そう結論づけるのはまだ早いかもしれないが……ここが現実世界でない事は、もうハッキリとしている。
 ――死体から、毒々しい花が生え出たからだ。……たったそれだけの事だけれど、世界を否定するには充分な出来事だ。
 この世が正常でない事は、もう確かなのだ。
 以前から、自分の殺人がニュースにならなくなったのを踏まえてみても……やはりこの世界はおかしいのだ。

「まぁ、何もかもが夢みたいなもの……なーんて感じじゃあ、生きてきた甲斐すらもないけどねぇ……」
 長年、喜んで人を殺してきた事すら、バカバカしくなってしまう。
 佐々木はため息をつき、老人達に背を向けて、廊下に出た。

 ●

 玄関に出ると、ちょうどそこにスーツ姿の男が帰ってきた。子供達の父親だろう。
 そして、玄関下で倒れたままもだえている女を見て、あわてて駆け寄る。
「……おいッ! おいッ! どうした?! 真由美ッ! しっかりしろ!!」
「アハハハー……。つまんねー昼ドラやってんじゃないよ、このばか」
 佐々木は、ひざまずいた男の頭を蹴り飛ばし、玄関を出た。
 ……もう、ザコどもに用はない。
 この世界が何であるのか、自分の目で見極めてやる。どこまででも行ってやる。この世界の正体がわかるまで。

「わああああッ!」
 背後から男の悲鳴が届く。何かと思って、佐々木は足を戻す。
 玄関の中。刺した女は身体をねじ曲げて、ぽっかりと口を開けていた。そこから数本のいばらが真上にするすると伸びていき……やがて、真っ赤な花が咲き乱れた。
「ゲッ、ギッ……ギョッ、ギョッ、ギョッ」
 花々は鳴く。
「アンタ、この花、見えてるよね?」
 佐々木は男に聞く。答えを聞くまでもなく、その目が物語っている。ありえないものを見て、驚愕している。つまりこの花は、自分の幻覚ではない。
 男を押しのけ、佐々木はひざまずいて、花に目線をあわせる。
「アンタ達は何なのよ、一体……?」
 しかし、花はゆれるだけで答えようとしない。
「こうすればいいのかよッ!」
 佐々木は急にかんしゃくを起こし、花瓶となった女の顔を、ナイフの刃で殴りつけた。それを見ていた男が、「あーあーあー」と情けない悲鳴を上げる。

 いつしか女の頭全体がいばらの束に覆われ、そこから宙に伸びたいばらが巨大な塊を形造る。その塊を彩るように、花の数が増えていき、やがてそれらは真っ赤な脳みそとなる。
「植物にも脳があるって言いたいワケ? 結局、アンタらは……アタシに何を見せたいのよ?」
 佐々木は面白がって、それを引っぱたく。

「コノ世界は夢。何モかもが……一人の少女ガ見ている、ただノ夢」
 毒花の脳は、くぐもった声で言う。
「一人の少女……? 誰よそれは?」
「ユキブセ……アヤ」

「ユキブセ アヤぁ……?」
 佐々木は復唱する。聞いた事があるようなないような、そんな名前。
「コノ世でただ一人、本当に生キてイル人間。コノ世界のスベテ」
 声がどこから出ているのか、と佐々木は赤い脳に触れてみる。……硬い。言葉とともに、脳は振動している。
「じゃあさぁ、アタシもそのユキブセ アヤって子が見ている夢の……夢の世界の、住人ってワケ?」
 そう聞いてみる。
「……ソウかもシレナイ」
「はあーッ? つまんないわねぇ……」
 佐々木は苦笑する。

 佐々木は質問を変えてみる。
「じゃあさ、そのユキブセ アヤってのは……どこにいるの?」
「ズット……北」
「北ぁ?」
 そんなアバウトな答えに、佐々木は面食らう。

 やがて、それは死んだように押し黙ってしまった。
 佐々木は腰を上げる。
「じゃあ……北へ向かいますかねぇ」

 そして佐々木は、玄関の隅で倒れ込んだまま泣いている男を見やる。
「何泣いてんのよ。……聞いてなかったの? この世は夢なんだってさ。アンタも奥さんも、ユキブセ アヤって子の、夢の中の住人」
 そう言っても、男には通じないようだ。変わり果てた妻の姿を、気の抜けた顔で眺めている。
「ねー、おじさん。車はあるの? 鍵ちょうだい?」
 だが、男は反応しない。佐々木は立ち上がり、その腹を蹴った。
「グホオオオッ!」
「車のキー。それとも歩いて帰ってきたの、アンタは?」
 佐々木は手を出して、急かす。
 男はスーツのポケットをまさぐり、佐々木におそるおそるキーを差し出した。

「……アンタよりさ、子供達の方がわかってるんじゃないの? 今が夢なんだって事をさ」
 言われて男は顔を上げる。
 玄関前の廊下で、老人と子供達は黙って立ち尽くしていた。彼らは抜け殻のように、表情を失っていた。

 ●

 佐々木は玄関を出て、庭先の車を見つける。
「何、こんないい車なんか乗ってんのよ。夢の中の脇役のくせに」
 ドアを蹴り、大きくへこませてからドアを開ける。運転席に乗り込んで、ライトをハイビームにすると、いきなりアクセルを強く踏んだ。
 ガシャアアッ!
 ガレージ前の柵をぶち壊し、車は乱暴に路上へ踊り出る。
 そのまま危険な速度で、狭い住宅地を暴走する。
「さぁ〜……北ってどっちぃ?!」
 やや広めの直線道路に出て、佐々木はなおアクセルをふかす。
 数分もしない内に、片側2車線の国道と交わる幅の広い交差点に出る。その手前で停まり、頭上の道路標識を確かめる。……だが、左右どちらが北方向なのかはわからない。
「あー、もう。テキトウで行っちゃう?」
 信号も見ないで交差点に入り、右に曲がって、そのまままた暴走を始める。
「イエーイ! 死ね死ねぇ〜〜!」
 右へ左へと蛇行運転しながら、次々と前方の車を追い越していく。まるでカーレースゲーム気取りだ。
 2つ3つ、続けて信号を無視して、強引に突っ切る。しかしその先の交差点で、左から出てきたでかい物流トラックに衝突しそうになり、あわててそれをかわした。
「え〜と。もしかして……アタシが死んじゃったら、それはそれで終わりなワケ……?」
 それもつまらない。
 ムチャをするのは死なない程度にしていこう、と思い直した。


 4


 亜矢が起こした学校での大量殺人事件。あれは確かに、TVでニュースとして流れている。
 だがそのニュースになると、妙に画面がバグる。砂嵐や放送時間外のカラーバー表示になったり、ニュースキャスターが気味の悪いピエロになったり、はたまた、血肉の飛び散った校内の廊下が映し出されたりする。
 『地獄』の下らない冗談には、ほとほと呆れ果てる。
 そのニュース以外は、とてもおとなしいものだ。警察に連れていかれるでもなく、静かな日々を迎えている。
 亜矢は眠くなり、読んでいた本を閉じて部屋のベッドに寝転んだ。

 安らかな眠りを待つ。だがそれを許さぬように、まぶたの裏にかげりが忍び込む。
 極端に暗くなり、息苦しくなる。
 亜紀からチラッと聞かされた言葉が思い起こされる。――『地獄』は終わりを迎えようとしている。
 だからなのか、最近はよく『地獄』の始まりをいつとなく、強制的に見せられている。
 日常の表面上はおとなしい。だが、精神的には次第に追いつめられている。「この世界は本当にもうすぐ終わってしまうのだぞ」と常に脅されているような感じだ。

 キィイイイイーー……!

 突然のブレーキ音。大きくゆれる車内。
 破壊音。衝撃。割れる車のフロントガラス。家族の悲鳴……。
(……交通事故)
 自分を変えてしまったのは、明らかに、そこだ。
 自分が小学生の時の事だ。高速道路で、家族4人の乗った車がひどい事故を起こした。
 ……メキメキと音を立てながら沈みくる天井。車がメチャクチャに潰されるのを、見たような記憶もある。
 そこで生き残ったのは、自分だけ。父親と母親、そして妹の亜紀は死んだ。
 ……今そばにいる亜紀は、この歪んだ世界の住人でしかない。本物の亜紀ではないのだ。

 それから続く、異様な世界。『地獄』はあの事故の瞬間から、始まったのだ。
(『地獄』とあの事故には、何らかの関連性があるハズ……。あの事故の後遺症か何かのせいで、私は『地獄』という、ありもしない妄想世界を見せられているのか……? それとも私は今もなお生死の境をさまよっていて、悪夢を見せられ続けているのか……?)

(いえ。この世には本当に『地獄』というものがあり、私はあの事故のおかげで、『地獄』が異様にねじ曲がったものになってしまったのかもしれない)
 あの事故のせいで、子供の頃に終えるべき『地獄』を未だに引きずってしまっているという考え。
 『地獄』というものがあると仮定しての、2つ目の推測。
 そして3つ目。もっともシンプルな考え方。
(あの事故で、実は私も死んでいた……なんていう話なのかもしれないわね)
 つまりここは死後の世界。
 死後の世界がどういうものかなんて、生きている内は誰もわからない。だから、ここがれっきとした死後の世界だとしても、受け入れる以外にない。完全な未知なのだから。

(さぁて。これから私は、何をすればいいのかしらね?)
 亜矢はベッドに寝転がったまま、考える。
 殺戮の果てに、あんな「狂気」を得たのに。その狂気を生かせないまま、こんな怠惰な暮らしを続けていても……まるで意味がない。
 この『地獄』が終わる? それに向けて、自分がなすべき事は?

「もうすぐ」
 ふいに部屋の外から亜紀の声がした。
「強大な敵が来るよ」

「……敵?」
 亜矢はふすま向こうの亜紀に問う。聞こえていなくても、今は亜紀と脳がつながっているので大差はない。
「そう。歯ごたえのある、強い敵がね。憎しみと狂気の塊。お姉ちゃんを殺すためだけにいる存在。ソイツが……もうすぐここに来る」
「憎しみと狂気の塊……? 私を殺すためだけにいる存在……?」
 亜矢は反芻する。
「そう。言わばお姉ちゃんの天敵。お姉ちゃんはこの世界が終わる間際に、その天敵とやりあわなきゃいけない。ソイツを殺しても、ソイツに殺されても……この『地獄』は終わる。……でも殺されたら最悪よ。『地獄』の終わりとともに、お姉ちゃんも死を迎える。現実での死をね」
 そんな答えに、亜矢は軽く息をつく。
「何だか大変そうね……」

「お姉ちゃんは、その天敵を必ず倒さなきゃならない。慈悲も恐れも迷いも捨てて……とにかく、ソイツを殺さなきゃならないのよ。もちろん、ソイツはただの人間じゃない。お姉ちゃんに匹敵する、底知れぬ化け物よ」
「ソイツと戦うために……私には「狂気」が必要だったっていう事?」
 青木という少女を殺し、学校で大量殺戮を行った、その意味。それを亜紀に問う。
「そういう事」

 明快な答えを受け、亜矢は納得に至る。そして急激に血が騒ぎ出してくる。
(強大な敵……。天敵ですって?!)
 そんな張りあいを得て、自分は今、喜んでいる。
「ソイツはいつ来るの?」
 亜矢はベッドから足を降ろす。
「さーねぇ。……そんなにあせらなくてもいいのは確かだねぇ」
 笑い声とともに亜紀の足音が遠のく。

 亜矢はまたベッドに横になり、考える。
 自分は以前から、戦う事に喜びを感じていたのかもしれない。そして今は、この前の殺戮で得た狂気を思うがままに開放できる時を、待っていたのかもしれない。
 強大な敵が来るのは、まさに望んでいた事だ。強大であればあるほど、いい。

 亜矢は目を閉じ、意識の下にあるものを探る。
(……この世界は私のもの。そんな強大な敵がいるのなら、きっと探れば見えるハズ……)
 まぶたのずっと先。赤黒い無の荒野の果てを見すえる。

「そんな事しなくていいよ。昨日さ、殺人鬼の夢、見たでしょ?」
 亜紀は台所から直接、話しかけてくる。スプーンの音。
「ヒトん家の玄関で奥さんを刺し殺してさぁ……リビングに上がって、子供とおじいちゃんに変な説教をたれてさ、その後、家の車を盗んで暴走したっていう……メチャクチャ元気がいい、女殺人鬼の夢」
(……女殺人鬼の夢?)
 言われて思い出す。確かに最近、女の殺人鬼の夢を、立て続けに見ていた。

 凶器を詰め込んだ大きなバッグを背負い、薄着で歩き回って、男を引っかけては殺しまくる……。
 それだけではない。その女も、この世界が現実ではない事に気づいている。ありえないものを目にしているからだ。殺した死体からいばらが湧き出て真っ赤な花を咲かせ、なおそれが脳みそとなり、奇怪な声を上げる……。
「あれは……ただの悪夢じゃなかったって事? あの女が、私を殺しに来るってワケなの?」
「その通りだよ」
 亜紀は台所から居間に移動し、座布団に座ってコーヒーを飲んでいる。

 ベッドに横になったまま、亜矢は集中して記憶をたどる。名前もどこかで耳にしていた。
「ササキ レイコ……」
 そう。そんな名前だ。
「え? 佐々木 怜子……?」
 脳裏に浮かびあがる、そんな文字。亜矢はその女の名前を知っている。

 亜矢はベッドから飛び起きて、部屋のふすまを開け放つ。
「ちょっと亜紀ッ!」
 亜矢は、廊下に向けて叫ぶ。
「……うん。現実にいたねぇ。そんな名前のヒトー」
 亜紀の声が、か細く聞こえてくる。
「現実に! そんな殺人鬼がいたって言うの?!」
 亜矢はさらに声を張り上げる。
「さぁねぇ……。いずれわかるでしょ。もうすぐここに来るんだからさ」
 そんな亜紀の言葉に、亜矢は表情を硬くする。
「佐々木 怜子が来る……? あの殺人鬼が……」
 ――自分を殺しに来る。

 不安定なこの世界にいて、以前から感じ取っていた、この世界の終末。それがとうとう、訪れようとしているのだという。その答えが、佐々木 怜子との対面にあるらしい。
 佐々木 怜子という殺人鬼。それは一体何者なのか。現実で、自分とどういうつながりがあったのだろうか。
 今はまだ、何もわからない。


 5


 亜矢は、何日もただひたすらに待ち続ける。
 学校からの連絡や警察、意味のない来訪者など、一切来ない。世界も今の状況を邪魔する事なく、静観し続けているようだ。

(佐々木 怜子に、私を殺せるくらいの力があるって言うの……?)
 この自分は、願えば悪魔にすら変貌できるのに。佐々木 怜子はそれ以上の存在だと言うのか。
 そんな強大な天敵。現実でも確かにいた、佐々木 怜子。その女とはどんな関係だったんだろう?
 自分の現実は、事故の起きた小学5年生ほどで断絶されている。つまり佐々木 怜子が友人か何かだとしたら、佐々木 怜子も同年代だったハズだ。
(それがどうして、こんなにも恐れる相手として、この『地獄』に登場するんだろう?)
 現実での佐々木 怜子に、自分はそれだけひどい恐怖をいだいていたのだろうか?
 もしや、あの高速道路での事故を引き起こし、自分の家族を死なせた原因が、佐々木 怜子にあるのだろうか? ……いや。その可能性はあまり考えられない。あの事故に、他意は感じられない。あれは佐々木 怜子とは無関係に、偶発的に起きたものだ。

 佐々木 怜子に対する恐れが何なのか。佐々木が、自分の世界を終わらせるほどの力を持つのはどうしてか。……いくら考えても、答えは出てこない。現実に戻るまで、絶対にわからないのかもしれない。
 なお、世界そのものを壊される「恐れ」を感じているのは、自分ばかりではない。亜紀もそう感じている。

 とにかく、佐々木 怜子が来るのを待つしかない。
 戦わなければならないのなら、戦うまでだ。亜紀からすでにナイフを3本ばかり借りていて、机の上に置いてある。役に立つかどうかは別として、気構えとしてだ。
 だけど……
 ――佐々木 怜子によって、この自分は死ぬ。
 どうあっても、そんな不吉な予感がぬぐい切れない。

 彼女の狂気は、この自分を凌駕している。
 夢で見た彼女は、殺戮を楽しんでいる。人をバラバラにして、喜んでいる。根っからの殺人鬼なのだ。
 この自分に、それだけの狂気があるだろうか……?
 佐々木 怜子の狂気と自分の狂気を比べたら……差は歴然としている。適いっこない。
 この前、学校で殺戮を繰り広げて得た狂気も、佐々木怜子の前では、付け焼き刃でしかないのではないだろうか……?
(何を、弱気になってるのよ……ッ!)
 歯がゆい。こうして待っているのが、歯がゆくて仕方ない。
 待てば待つだけ、不安に呑み込まれてしまう……。
(……負けるワケがない。私はこの世界で、あんな「悪魔」にすらなれるんだ。願えば、この世界そのものだって、塗り変える事ができるかもしれないのに……!)
 そのために得た、強さなのだ。付け焼き刃などでは、決してない。自分の狂気が、あの場でやっと開花したという事なんだ!
 そこで再確認する。
(そうなのよ。私は、佐々木 怜子を殺すために……佐々木 怜子を殺すためだけに……!! あの狂気を得たんだ!)

 学校内での殺戮。あの血肉の乱舞。
 その全ては、この先、自分を生かすために必要な事だったのだ。

 ●

 記憶が飛び、夕方になる。
 長時間ベッドに寝転がったまま亜矢は本を読み終えたが、その途端、読んだ本の内容を忘れてしまっていた。
(何もかもが夢みたいなものじゃあね)
 何をしても、意味がない。ましてこの世界は、夢か妄想の世界。自分しか知らない、閉ざされた世界なのだ。
 佐々木 怜子を殺す事にも、次第に意味を見い出せなくなってくる。殺されたって別に構わないのではないか、とすら思えてしまう。
(どうせそんなに生きたいワケでもないしね……。元々、生きてすらいないようなものだし……)
 こうして長く待っている間に色々と考えすぎてしまって、覇気が薄れてくる。

 こんなに気力のない状態で、殺人鬼を迎えていいものかどうか。
 でも自分は元々、おとなしい性格なのだから仕方がない。いつも亜紀に焚きつけられてやっと、闘争心に火をつけてばかりなのだ。
 学校で繰り広げたあの惨劇の場でなら、相手が誰であろうと、負ける気はしなかっただろう。だが今はあの狂気も冷めやり、どうすればまた引き出せるのか、わからなくなってしまっている。

(……いいえ。私は弱気になっているワケじゃない。「狂気」だって、消えてなくなってしまったワケじゃない。この手の中に、確かにある)
 強く願えばきっと、またあの黒い悪魔に変貌できる。
 他人になど負けるワケがない。自分はこの世界の主なのだから。


 6


「来たよッ! 佐々木 怜子が」
 廊下から、亜紀がふすまごしに声をかけてくる。そのまま玄関に向かったようだ。
 亜矢も腰を上げ、ジーンズにはき替えると、ナイフを手に廊下に出る。
「とうとう来ちゃったか……」

 廊下の先。玄関口に立っている黒い影。
 若い女。……その姿には、見覚えがない。
「ギィイイイイーーーッ! ギギィイイイイーーーッ!!」
 女が手にしている奇妙なものが、かん高い奇声を上げる。女はそれを廊下に投げ捨てる。
 ……いばらが巻きついた人間の腕。そこから伸びる、花でできた真っ赤な脳。

「ずいぶんと古風な家に住んでるのねぇ……。それで? どっちがユキブセ アヤさん?」
 廊下に立つ亜矢と亜紀を見比べ、女はそう問う。
「……私よ」
 亜矢は亜紀の前に出る。

「ふぅん……。アナタがこの世界の主? ……そんな気はしないわね」
 半そでのTシャツにデニムのホットパンツ姿。殺しに来たとは思えないほど、ラフな恰好だ。
 女の顔が見える。鋭い目。整った目鼻立ち。自信に満ちたようなその表情。

「アナタが佐々木 怜子さんね。私を殺しに来たワケね?」
 亜矢はそう確認をする。
「その通りよ。話が早いじゃない……」
 そう言うやいなや、佐々木は左手を前に突き出した。その手には、拳銃が握られていた。
「アナタは化け物だそうね。しかも死なないかもしれないってね。……ホントにそうなの?」
「知らないわ」
 亜矢は一歩下がる。

「……ソッチの子は何? 似た顔ね。妹さん?」
 佐々木は、亜矢の後ろの亜紀を見る。計算外の存在だった。……顔は似ている。髪型だけが極端に違う。
「そうよ」
 亜矢はまた後ろに下がる。佐々木はクツのまま、廊下に足を上げてくる。

「ねー、お姉ちゃーん。まずはアタシがやっていい?」
 亜紀はそう言い、手を差し出してくる。ナイフをよこせ、と言っている。
「あら? まずは妹さんがお相手? ナメられたものねぇ」
 佐々木の手にした拳銃の銃身が、亜紀に向く。そのままためらわず、佐々木は先手を打った。

 バンッ!
 いきなりの爆発音。フイを突かれ、亜紀はそれをまともに食らった。その腹から、ガラスの破片が飛び散る。
 亜紀はあお向けに廊下に倒れ、その胴体が真っ二つに裂けた。
「亜紀ッ!」
 ……だが心配は不要だろう。亜紀は何しろ、不死身なのだから。何度殺されても、その度に生き返っている。
「あら驚いた……。アナタもこうなっちゃうの?」
 佐々木は亜矢に拳銃を向ける。
「さあね」
 亜矢はきびすを返して、廊下を逃げ去る。

「……あら、ちょっと。逃げないで欲しいんだけど。せっかく遠くから来たんだからさー」
 ガン、ガンッ!
 佐々木はガラスの彫像と化した亜紀に向けて発砲し、その身体を粉々に砕く。とどめのつもりだ。
「期待外れもいいトコね。もっと怖い子かと思ってたわ」
 佐々木は廊下の先を行く。
 古びた台所を横目で眺め、その先にある障子の開いた座敷に顔を向ける。……いない。
「ユキブセ アヤさーん? 今さら逃げるって、どういう事なの? アタシが来るのを待ってたんじゃなかったのー?」
 佐々木は呆れながらも、なお家の奥へと向かう。
 そしてふいに足を止めた。

(暗い……)
 いつの間にか、視界が黒ずんでいる。廊下のすぐ先が、完全なる闇の中に呑まれている。
 そればかりか、足元すらも。
 ……見えない。急激に、何も見えなくなる……!
 佐々木は危険を感じ、その場を離れようとする。
「う、あぁッ!」
 振り向いた先に、女がいた。

 女は腕を真横に振るう。
 後から気づく、刃物の光。佐々木は正面からノドを切られていた。

「ふっ、う、うううぅ……ッ!」
 首を押さえてしゃがみ込む。そして女へ向けて銃を何発か撃ったが、女は笑って逃げていった。
「くそッ!」
 佐々木は女を追うようにして廊下を戻り、玄関前まで来て、ヒザをついた。

「佐々木さぁ〜ん。……まさか、もう終わりじゃないですよねー?」
 背後からの声に、佐々木は振り向いて睨む。
 長髪。ユキブセ アヤの妹か。ついさっき殺したハズなのに、もう生き返っている。想像以上の化け物だ。
 何か言い返したかったが、ノドを切られたのでは言葉が出ない。佐々木はそのまま家の外へと逃げた。

 ●

 亜紀は玄関前の廊下で、庭から走り去る車の音を聞く。
「くわぁ〜、来たばっかりなのにもう帰っちゃったのぉ……? 弱いなー……。アレじゃあ、ただの生身の人間じゃん……」
 亜紀は期待ハズレに嘆く。

「ちょっとぉー、何してんのよ、お姉ちゃん……」
 廊下の奥。のこのこと出てきた亜矢に、亜紀は気の抜けた声をかける。
「殺されると思ったからね……」
「はあッ? それどころじゃないよ……。佐々木さん、逃げ帰っちゃったよー?」
 亜紀はしぶい顔をする。
「でもまぁ、またすぐに来るでしょうけどねー。どーせあの人、他にやる事ないんだからさ」
 と亜紀。
「それにしても、拳銃はびっくりしたよねー。アハハハ」
 しかも容赦なく、いきなり撃ってきた。その狂気と殺意はなかなかのものだと亜紀は感心する。
「ズドーン、ときたあの鈍痛。すっごい痛かったぁ……!」
 亜紀が腹を押さえておどけるのを、亜矢は冷めた目で見る。
「私もアンタみたいに節操のない不死身だったらね……。何も怖がる事はないんでしょうけど」
 でもそうじゃない。自分は不死身ではない。だからこそ、「殺されてはいけない」と亜紀に何度も念を押されているのだ。

「佐々木さんが逃げちゃったっていうのは意外だったわね……」
 見てはいないが、漠然と事の成り行きはわかっている。亜紀にナイフで首を切られ、それで佐々木は撤退したのだ。
 佐々木もべらぼうな化け物、というワケではなかったらしい。亜矢は佐々木 怜子に対する恐怖心を、少しやわらげる事ができた。

「……今度はちゃんと、お姉ちゃんに戦ってもらうからね。逃げるような相手じゃないし、逃げちゃダメな相手なんだからさ」
「まぁね」
 亜矢は一段落ついたとばかりに、自室に戻ろうとする。
「待って待って。……そんな猶予なんかいらないよね?」
「え?」
 亜紀のつぶやきに亜矢は振り返る。

「待ち時間なんか、ない方がいい。……またお姉ちゃん、やる気なくしたりするからさ。決着をつけるのは、今がいい」
 亜紀に言われてすぐ、強烈なめまいがくる。
「え……?」


 玄関にまた、黒い影。
 ドサリと置かれた大きなバッグの中から、さやに入ったナイフと拳銃を取り出し、佐々木 怜子は笑みを見せる。
「……佐々木さんを殺す事以外、もう何もかもいらないでしょ?」
 亜紀に背中を押される。

 ……記憶が飛んだのか。
 佐々木 怜子の服装がさっき見たものと違う。今は、黒のワイシャツにジーンズ姿だ。
 そして自分の服装も。高校の制服を着ている。
(もう学校になんか行かないハズなのに、何で制服なんか……)
 そう思った途端、亜紀に、ぽんと肩を叩かれる。
「学校の制服は、憧れなのよ、お姉ちゃんの」
「あこがれ……?」
 今さら、憧れもないだろうと思ったが……その憧れは、現実にいる自分が感じているものなのかもしれない。
 つまり現実にいる自分は……まだ学校の制服を着た事がない?
 やはり現実の自分は、小学生のまま、止まっているか終わっているのだ。

「さぁ、佐々木さんを殺しちゃって。お姉ちゃん」
 亜紀に背中を押される。
「わかったわよ。じゃあ、ナイフを貸してちょうだい」
「……えー? 佐々木さんから奪ったらぁ?」
 亜紀は冷たい。

 ――みしり。
 佐々木 怜子はクツのまま、家の廊下に踏み上がってくる。
 その首には、何重にもいばらが巻かれていた。以前、亜紀がナイフでつけた致命傷を、いばらが治癒し、守っているという事か。
「今度こそ、殺してやるわ。柚木伏 亜矢、柚木伏 亜紀……」
 佐々木は歯を剥き、獣のように笑った。


 7


「妹さんに首を切られてさー、アタシこの前、死にかけたのよ。……で、その時、見てきたのよね、現実にいるアタシをさ」
 すぐにでも襲いかかってくるかと思いきや、佐々木は妙な話を始める。廊下で滑らないようにと、くつ下を脱ぎ捨てて身構えていた亜矢だったが、出鼻をくじかれてしまった。
「現実を見てきた……ですって?」
 と亜矢は返す。この『地獄』で臨死体験をすると、現実が見えると言うのか。不思議なものだ。

「柚木伏 亜矢。アンタが何なのか、アタシは思い出したわ。……アンタは確かに、現実にいた」
 そう佐々木は言う。「柚木伏 亜矢」の字形も、佐々木の頭の中にある。
「アハハハハ……! アタシ達の関係の真相を聞いたらさぁ、アンタも噴き出すわよ、きっと!」
 佐々木は身体をくねらせて笑い出す。だが何が笑えるのか、亜矢達にはわからない。
「アタシ達の関係の真相が……そんなにおかしいものなの?」
 亜矢は呆けたように聞き返すしかない。
 ふいに佐々木は拳銃を構え、亜矢に向ける。その顔はもう、笑っていなかった。
「そうよ! おかしすぎて、馬鹿らしくなってしまうほどよ!! ……とにかくね、気持ち悪いのよアンタは! 昔ッから!」
 剥いた歯。憎しみをぶつけられる。
(昔から……?)
 佐々木とは、昔からの知りあいなのか? そして「気持ち悪い」とは何なのか。
 バン!
 容赦のない破裂音。それは亜矢の身体をかすめて、背後に抜ける。

「……ワザとよ。拳銃で殺したってしょうがないからね」
 佐々木は、拳銃をジーンズの尻ポケットに突っ込む。
「アンタに言ってもわかんないかもしれないけど……憎しみを持って本当に殺したい相手は、拳銃なんかじゃなくて、この手で殴り殺したいものなのよ。わかる?」
(憎しみ……?)
 亜矢には、佐々木に憎まれる理由がわからない。現実では、佐々木に殺されるほど憎まれているという事なのか。
 現実を見てきたと佐々木は言ったが、そのおかげで、佐々木の自分への殺意と憎しみが、以前より増したような気がする。

「キレイに殺すんじゃなくてさ。一打一打に怒りをこめて、ぶん殴って殺したい。壊すように殺したいの。……でもアタシはこんなにか細い腕だからさー。ナイフぐらいは使わないとね」
 佐々木は手にした皮のさやから、ナイフを抜き取る。
「一回、現実を見てきたらさ、続けてどんどん思い出してくのね。アンタがどんなに小憎らしい奴かって事をさ、嫌というほど思い出してくのよ……」
 そう言われると亜矢は、現実での自分に自信がなくなってくる。佐々木に憎まれる、どんな事をしたんだろう……? 本当に自分に非があるのだろうか?

「こんな、夢なのか現実なのかわかんない世界はどうあれ……今、アンタを殺せるって事が、アタシは嬉しいわ。しかも成長した姿ってのがね、楽しくてしょうがない」
 これだけ聞いても、亜矢には何も伝わってこない。佐々木に憎まれているのだという事を思い知らされるだけだ。
 佐々木は一度死にかけ、この『地獄』の裏側である現実の事まで知っている。この世界の主であるハズの自分以上に、この世界の事を知っている。まるで、世界そのものを乗っ取られてしまったかのようだ。
「うあッ!」
 気を抜いているところに、ナイフの刃が来た。
 佐々木にとってはただの威嚇だったが、亜矢は思いの他驚いて、大きく避ける。

「亜矢さぁん! どうすんのぉ?! こんな狭い場所で戦っていいのぉ?! 外に出ない?」
 佐々木が振るナイフに押されるように、亜矢は廊下から畳の座敷に逃げ込む。
「卑怯かもしれないけど、私はこの世界の力を最大限に利用して、アナタを殺すわ。間違っても殺されるワケにはいかないようだから」
 この家の中に宿る恐ろしい闇。しかしそれは、自分を守るものなのだと亜矢は気づいていた。
「家から出る気はないって事ね? いいわ、それならそれで」
 佐々木は笑いながら座敷に踏み込んで、なおも亜矢に切りかかるが、亜矢は背後のふすまを開けて、さらにもう一つ奥の座敷へと逃げ込んだ。
「……ッ!」
 佐々木はその手前で足を止める。……一寸先は、完全な闇だ。

「出てきなさいよ、柚木伏 亜矢」
 闇を前にして、佐々木はくちびるを噛む。――この先の領域は、自分を食い殺しかねない。そう佐々木は感じ取る。
「……私には現実の事が全然わからない。アナタと私の関係もわからない。……だから、教えてくれない? アナタはどんな現実を見てきたの?」
 闇の中から亜矢の声が届く。
「アタシがここで答えを言ってしまってもいいけど……実際にアンタの目で見てきた方がいいんじゃないの? アタシとアンタの現実が、必ずしも一致するとは限らないんだしさ」
 言えば一言で済んでしまう。でもそれではやはり、面白くないだろう。佐々木はあえて、口にする事を控える。
 それに、今いる世界が異様なのだから、自分が知っている現実と亜矢が見るべき現実が、本当に食い違っている可能性も考えられる。
 ヘタをすれば……何でもアリだ。

 佐々木から答えが得られそうにないので、亜矢は話の切り口を変えてみる。
「佐々木さん。アナタは本当に……現実を見てきたの? それが妄想か夢みたいなものである可能性はないの? アナタは「現実に存在する人」なの? それは確か?」
 亜矢は闇の中から佐々木に問う。
「禅問答みたいな事を言うじゃないの……」
 佐々木は苦笑し、少しの間、黙って考える。
「アタシは……アンタの妄想の中の住人じゃあないわ。それをここで証明する事はできないけど……アンタが現実を見てこれば、きっとすぐに思い出すわよ、アタシの事をね」
 佐々木は強くそう答える。自分の存在と、自分が見てきた現実が夢や幻ではない事を、佐々木は確信している。

 その言葉通り、亜矢が真相を知るには、現実に戻る以外に手はなさそうだ。
 この世界は『地獄』。いわば、亜矢の夢の中の世界なのだ。ここで何を見ても、信じるには値しない。本当の答えは、現実にしかないのだ。
 ……だが、現実へそう簡単には行けない。現実へ戻るという事は、死を意味するかもしれないのだから。
「じゃあ、私達が殺しあわなきゃならない理由は何? 現実にいる私と佐々木さんは……本当に憎みあってるって言うの?」
 亜矢はまだ問う。
「……いいから、そこから出てきなさいよ、柚木伏 亜矢!」
 佐々木はいらだって叫びを上げる。

 しかし。一方の亜矢は、佐々木 怜子を殺すための気力が、未だ湧かないでいた。
 佐々木への憎しみや怒りなど、一切ないからだ。突然やって来た見知らぬ女に、殺意など燃やせるハズもない。本当のところ、殺す理由すら見い出せないままだった。
「イジイジ考えてんじゃないよ! ……こうしなきゃ、出てこないワケ?!」
 佐々木は尻ポケットから拳銃を抜き出すと、闇の中に撃ち放った。何かに当たり、鈍い音を立てる。
 佐々木は続けて、見えない座敷の中にやみくもに撃ち放つ。
「ホラア! いつかアンタに当たるんじゃないのぉ?!」

 闇の中で息をひそめていたが、亜矢は座敷のハジに身を寄せ、佐々木のいる側のふすまに手をかける。
 パンッ!
 いきおい良くふすまを開き、亜矢は佐々木の脇をすり抜けて、廊下に飛び出した。
「何、逃げてんのよおッ?!」
 佐々木は、続けざまに何度か拳銃を撃つが、すでに亜矢の姿は視界の中になかった。
「まったく。逃げてばっかりなのね……弱虫さんは」
 佐々木も座敷から廊下に出た。

 ●

 佐々木が廊下に出ると、亜矢はその先で待ち構えていた。
「拳銃でいいの?! 私を殴り殺したいとか、言わなかった?!」
 亜矢はそう挑発する。
「えぇ、まぁそうだけどねぇ」
 佐々木はまた拳銃を後ろにしまう。
「……アンタこそ何よ、その丸腰は。やる気あるの?」
「アナタが勝手に押しかけてきたんでしょうが! 私はまだ、この世界を終わらせる気なんてなかったのに!」
 亜矢はいらだちを交えて、そう返す。

「……佐々木さんが来たから『地獄』が終わるんじゃなくて、『地獄』の終わりにあわせて、佐々木さんが来たの。勘違いしないでね」
 背後にいた亜紀が、ナイフを差し出してくる。
「同じ事でしょ……? 違うの?」
 亜矢はナイフを受け取る。
「全然違う。……実を言うとさ、これはお姉ちゃんにとって、凄い「幸運」なんだよ。『地獄』がただ閉じられるだけじゃ、お姉ちゃんが現実に戻っても、死ぬかもしれない。でも佐々木さんとの戦いで、最大限に狂気を解き放つ事ができれば、あるいは……」
「あるいは……何?」
「現実をも歪ませる事ができるかもしれない」

「何なの、それは……?」
 まだ聞こうとする亜矢に、亜紀は首を振る。
「佐々木さんを簡単に殺してもダメ。持てる力の全てで、佐々木さんをひねり殺すの。佐々木さんはきっと、お姉ちゃんの力を最大限に引き出してくれるだろうから……」
 亜紀はいやに嬉しそうだ。

 亜矢はナイフを手に、佐々木に向きあう。
「私達の間に、何か事情があるようだし……一旦、現実に戻れるものなら戻りたいんだけどね。そうしたら、いくらかでも納得して、戦えるかもしれないのにね」
「……どうでしょうね。アナタ、異様に長い夢を見てきているようだから……もしかすると、現実ではすでに死んでしまっているかもしれないわよ? 脳だけが、わずかに生きているような状態。……だから夢が覚めないのよ」
 そんな佐々木の言葉を、亜矢は黙って聞き入れる。
 自分でもそう思う。もうずっと前から、そう思っている……。

(現実へ戻れるものなら戻りたい……。でも私にはもう、戻れる現実が残っていないかもしれないんだ……)
 気を抜くと、今にもこの世界が崩れ落ちてしまいそうだ。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ここは現実と、わずかにつながっているから。現実でのお姉ちゃんは、まだ死んでない。でも……」
 亜紀は口をつぐむ。
 ――現実に戻った途端に、現実での時間が経過し始める。
 亜紀は、それを恐れている。

 この夢の世界にいる限り、亜矢はいつまででも生きていられる。現実でのわずか数秒が、この夢の世界の数日、数か月に相当するかもしれないのだ。
 でも現実に戻ってしまえば……時間の流れを引き延ばす事はできない。
 そして、亜矢が無限の力を引き出せるのも、この『地獄』の中だけなのだ。現実での亜矢は、普通の少女でしかない。
 だから。現実に戻った次の瞬間に、亜矢は死ぬかもしれない。

「私の現実って……」
 亜矢は顔を歪める。わかっている。でも、考えたくもなかった。
「まだ、あの交通事故の直後、なの……?」

 佐々木に打ち勝ったとしても、その現実をどう変えられると言うのだろう?

 ●

「もし、ここでアナタを殺して現実に戻っても、結局、私は死ぬ運命にあるのかもしれない。……でもこの世界はもう、私の人生そのものなのよ。現実で生きてきた年月より、もしかすると長いかもしれない……」
 亜矢は噛みしめる。亜紀と2人で生きてきた日々の事を。
 先生やクラスメイトが急に狂い出しても、やはりこの世界は愛しいものだった。
「そのかけがえのない世界の終わりを迎えるにあたって……他人に踏みにじられて、それで終わりだなんて……嫌だものね。どうしても、アナタは殺すわ。私の手で」
 亜矢は気持ちを固める。

「そう……わかったわ」
 佐々木は涼しい顔で受け止める。
「じゃあ、殺しあいましょうか……」
 佐々木はわざとクツをひねり、廊下を汚した。

(悪魔になれるものならなって……早く決着をつけてしまいたい)
 だが、今の狂気のなさでは到底、悪魔になどなれそうにない。気持ちの高ぶりがない。いやに静かなままだ。
(最後だって言うのに……!)
 後悔なく戦いたい。だが、狂気を湧き立たせるキッカケがない。

 佐々木が来る。
 バタバタとクツ音を上げて、ナイフを真横に大きく振るう。
 亜矢は下がる。裸足のかかとが、大きな音を立てる。
「アンタの希望通り、アンタの家の中で戦ってあげてるんだからさー……早いトコ、本気出して欲しいんだけど?」
 下がる亜矢に合わせて、佐々木はさらに踏み込んでナイフを振るう。
「ホラあッ!」
 佐々木はひときわ大きな怒声とともに、ナイフを亜矢に向けて投げつけた。
「う……ああッ!」
 亜矢はよろけながらもそれを避ける。

「まったく……気合いが入ンないわね! アンタとじゃ!」
 佐々木は素早く亜矢の元へ踏み込んで、亜矢を手で押しのけた。亜矢はそれをまともに食らい、後ろ手に廊下に倒れた。
 即座に、佐々木は亜矢の上に馬乗りになる。
 あお向けになった亜矢の右腕を廊下に押さえつけ、その額に拳銃の銃身を押しつけた。
「……もう終わり?」

「まだよ!」
 亜矢は残った左腕で、拳銃を持つ佐々木の腕をなぎ払う。だが佐々木の腕はがんとして動かなかった。
 佐々木はちょっと尻を浮かせて足を器用に前に出し、亜矢の左腕も封じた。

「う、あ……あッ!」
 亜矢は身をひねって何とか体勢を立て直そうとするが、どう力を入れても、佐々木を跳ねのける事ができなかった。
「ホントはナイフで切り刻んで殺したいんだけど……それはアンタの息の根を止めた後で、ゆっくりやろうかしらね……?」
 佐々木の両目に狂気が宿る。
「全然、お話にならなかったねぇ、柚木伏 亜矢ちゃぁん……」

「あああ亜紀ッ! 助けて!!」
 佐々木の背後に、亜紀がいた。
 だが、亜紀は冷たい表情のまま、動こうとはしなかった。

「助けて、じゃないよ……。何してんのよ、お姉ちゃん……」
 亜紀はしぶい顔で亜矢を見下ろすだけだった。
 そんな亜紀が、亜矢にはわからない。組み伏せられたこの状態でまだ、自分が佐々木をどうにかできると思っているんだろうか?

 佐々木は銃を亜矢の額に押しつけたまま、振り返って亜紀に鋭い目を向ける。
「あー……いえいえ。アタシは邪魔はしませんので。これはお姉ちゃんと佐々木さんの問題ですからねー……」
 亜紀はおどけて両手を軽く上げてみせる。
「ちょっと……何してんのよ、亜紀ッ!!」
 亜矢は必死でわめく。今すぐにでも、銃で打ち殺されようとしているのが見えないのだろうか?
 いつもの気まぐれにしても、この状況での傍観はむごい。

「あのさ? 多分ねー、お姉ちゃんは一回、現実に戻ってみるのが正解かな〜……って気がしてきたんだ。佐々木さんも戻ってこれたみたいだしさ。だからお姉ちゃんも、対等の立場になってみた方がいいと思うんだよねー」
「何よ! 一回死ねって言うの?!」
 亜矢は目を剥いて吠える。佐々木は「うるさい」とばかりに、銃身でゴツゴツと亜矢の頭を小突く。

「そう。多分……戻ってこれる。現実じゃあ、まばたきするぐらいのものだよ。目が覚めても、すぐにまた意識は落ちるよ。意識が落ちれば、コッチに戻ってこれる。それくらいの余裕、向こうじゃ多分、たくさんあると思うんだよね……」
 現実での亜矢は、死にかけている。
 でも、まばたきほどの間の意識の覚醒が、死ぬ間際に何度か訪れてもおかしくはない、と亜紀は言うのだ。
 向こうで意識が戻れば、亜矢は現実を見てこれる。……この『地獄』と現実を、一瞬だけつなげるのだ。
 それで亜矢は現実――つまり、「事の真相」を知る事ができる。

「ずいぶんと難しそうな話をしてるのね……」
 亜矢と亜紀の間にいる佐々木は、ふいに表情をやわらげる。亜矢を一度、現実に戻してみるのも面白いと思った。
「コッチの世界で死ぬと、現実で目が覚める……ってのはアタシもわかったんだけど、上手い具合に半殺し状態じゃないと、今度はコッチの世界に戻ってこれなくなっちゃうわよ? ……忠告としてね」
「ですねー。その通りだと思いますー」
 亜紀はにこやかに答える。
「……じゃあ、佐々木さん。そういう事で、お姉ちゃんを一回、半殺しにしてもらえます? 意識が飛んじゃうくらいに強烈なヤツを一つ……でも上手く死なない程度に」

「ふッざけないで、亜紀ッ!!」
 未だ、佐々木に組み敷かれたままの亜矢は、歯を剥いてわめく。
「……ふざけてなんかないよ。ホントに一回、現実に戻ってみた方がいい。……今のままじゃ、真相は何もわからないままだもの」
 そう静かに亜紀は言う。
「真相なんてどうだっていいわ……。何が半殺しよ……! ヒト事だと思って」
 亜矢はまた反撃を試みる。
 佐々木に両腕は封じられている。腰をひねって両足をバタつかせて……
 バン……ッ!

 顔の正面で破裂音。弾はそれたらしく、痛みはどこにもない。
 だが今の一撃で、亜矢の全身からごっそりと力が抜け落ちてしまった。
 歯ががちがちと鳴る。腕も足も、しびれたように動かない……。

「佐々木さん。お姉ちゃんの頭を撃ってもらえます? ……この辺を」
 亜紀は自分の頭を指さす。頭頂部からやや左下だ。
「どういう事かしら……?」
 佐々木は振り向き、亜紀の話に興味を示す。
「そこを拳銃で撃ってもらうとですねー、お姉ちゃんは多分、現実を見てこれると思うんですよねー……」
 亜紀は涼しい顔で言い、亜矢に睨まれても、笑いを返すだけだ。
「あぁ、そう……。構わないわ。やってあげる」
 佐々木は亜矢の頭に銃身を押しつけ、位置を調整する。
「今のままの亜矢さんを殺しても、何だかあっけなさすぎて、つまらないもの……」
「やめて……やめてッてば!!」
 亜矢は泣きながら、首を振る。

「あーもー……しょうがないわねぇ……」
 亜紀は亜矢の頭上に廻り、その頭を両腕で押さえつける。
「亜紀! 何でそこまでするのよ!! やりすぎでしょう?! いい加減にしなさいよ!!」
 亜矢は頭上の亜紀を殺すほどきつく睨み、つばを飛ばしながら金切り声で叫ぶ。
「……充分にわかってるわ、お姉ちゃん。でもどんな事したって平気。お姉ちゃんは、何でもかんでもすぐに忘れちゃうからねぇ……。アハハハ……!」

 ――亜紀の裏切り。気まぐれではなく、これは完全に、裏切りだ。
 それを自分は忘れているだけで……こんな事が今までにも何度かあったんじゃないかと亜矢は空恐ろしくなった。
「じゃ、やるわよ」
 銃身を強く頭に押しつけられる。
 もうダメだ。亜矢は身を縮めて衝撃に備える。

 ガンッ……!

 そんな銃声とともに、亜矢は脳天に激しい衝撃を受けた。
 脳が拳銃の弾にえぐられ……破壊される。

 血が噴き出す。ゆっくりと。大量に。
 脳にひどい重力がかかり、苦しさに身もだえる。
 何も見えなくなる。何もわからなくなる。

 亜矢の意識は、闇に落ちた。


 8


 フロントガラスいっぱいに、トラックの頭が大写しになる。
 父親の悲鳴。切られるハンドル。しかし、次の瞬間にはフロントガラスは真っ黒になり、粉々に弾け飛んだ。

 全てを壊していく、凶悪な重力。視界にあるもの全てが、潰され、ねじ曲げられていく。
 両親を乗せたフロントのシートが2つとも、後部座席に押し倒される。
 折れる金属。砕ける腕や頭。
「ギャーーーッ!!」
 自分の腹から下が前後のシートの間に挟まって、なおぎゅうぎゅうに押し潰されていく。
「お姉ちゃん!」
 後部座席。隣の亜紀の悲鳴。
 次の瞬間、母を乗せたフロントシートと大きくへこんだ天井に亜紀は潰され、飲み込まれた。

 視界いっぱいに降り注ぐ、ガラスの雨。悪魔じみた力で潰されていく車内を、亜矢は目を見開いて見つめる。巨大な手で、車が握り潰されているかのようだ。
 ――この世に、こんな恐ろしい事があるんだ。
 平和だった日常を一瞬で押し潰してしまう、強大な力。亜矢はその力を恐れ、そしてまた、魅せられていた。

 天井を切り裂いて出現する、真っ黒い巨大なタイヤ。
 轟音で回り続け、母親の顔をかきむしる。髪が巻き取られてむしり取られ、頭がい骨を砕いて、脳みそまでむさぼっていく……。
 ――悪魔。地獄の世界。
 亜矢はそこから目をそらせない。

 前後のシートの合間から、血まみれの亜紀の顔がぬっと押し出されてくる。ガラスの破片がたくさん突き刺さっていて、痛々しい。
 悪魔はそこで突如向きを変え、車内に深く乗り込んできた。
「グワアアアーーーッ!!」
 今度は父親がえじきとなった。タイヤによって引き裂かれていく天井。そこから剥き出た鉄板が、父親の上半身にめり込んでいく。

 真っ黒い悪魔は、この自分の命をも、狙ってくる。
 ワケがわからないまま、頭に受ける衝撃。まるで拳銃で撃たれたかのよう。
 周囲の金属片を巻き込んで、この頭をえぐり取っていく……。

 シートや鉄板に呑まれて、どうしようもなく身体が潰される。
 そして車は大きくバウンドし、鼓膜を突き破る金属のすれる音を長々と鳴り響かせて……やがて停止した。

 ●

 そこからの長い静寂――。

 ふと亜矢は目を覚ます。
 閉ざされた、小さな地獄の世界の中にいる。
 もう何もかもが終わって、遠い過去へ行ってしまったハズだったのに……まるで時間を遡ってきたかのように、気づけば今、惨劇の中にいた。

 何もかもが、止まったまま動かない。
 車内は血と破片であふれ返り、動くものはない。車は大破し、その体積は半分以下に潰されていた。

 母の乗っていた助手席のシート。今は折れ曲がって、ほぼ平らになっている。
 その上に、黒い悪魔がいた。
 悪魔――黒い大きなタイヤは、母親の上半身をすっかりと食い散らかしていた。

「あぁあ……」
 か細い声が出た。幼い自分の声。
 小学……何年生だっただろう。5年生頃だったか。その時に起きた、高速道路での交通事故。それを今、改めて目にしている。
 これは夢ではない。例えようのない激しい痛みに、身体全体が悲鳴を上げている。

(これこそが……現実。私の……現実)
 何年も夢の世界の中で生き、遠い過去となったハズの一瞬が……まだ、ここにある。
 現実では、あの事故から、ほんの数分たりとも動いていなかったのか……?
(まるで過去に戻ってきたかのよう……)
 今ここで何かをすれば、この過去をいくらかでも変えられるのではないかと思った。
 母親は手遅れだとしても……妹の亜紀と父親はどうだろう? 助けられるものなら、助けたい。
 そして自分も。

 自分の身体の状況を今一度確認する。
 手足はまるで動かせない。腰が前後のシートに押し潰されていて、苦しい。一瞬だけ、佐々木に組み敷かれている状況を思い出す。
 だが、問題は頭だ。自分はそこに致命傷を負っている。
 悪魔のような巨大なタイヤと金属片にぶち抜かれ……どうして今、こうして生きているのかわからないくらいだ。
(生きている……? 本当に? 死ぬ間際なんじゃないの……?)

 鏡……縦になったルームミラーが、視界の真ん中に見える。
 それは偶然にも、父親の姿を映し出していた。
 首が真横に折れて絶命している。仕方ないんだと亜矢はあきらめた。

 あとは……亜紀と自分の生死を確認したい。
 ルームミラーは手を伸ばせば届く所にある。……しかし、手はピクリとも反応しない。
(動けッ!)
 亜矢は念じる。
(私の中に悪魔が宿ったのなら、動け。あの長い夢は……無意味なものじゃない。私には、本当に悪魔が宿っているんだ。だから……動けッ!)

 パキッ!
 ルームミラーの根本が鳴り、鏡は亜矢の方に向いた。
 鏡を覗く……
 そこには、血にまみれた幼い頃の自分がいて……えぐられた頭部には、白いものがふっくらと浮き出ていた。
(脳みそ……?)
 自分の頭の左側が大きくえぐられていて、白い脳みそが頭の外に飛び出していた。
(あぁ……これじゃあ助からないか)
 そして自分自身にも、あきらめがついたのだった。

(あとは亜紀か……)
 すぐそばにいるハズだ。同じ後部座席に乗っていたのだから。
 亜矢は目を凝らし、鏡をさらに覗き込む。すると、亜紀の頭が自分の頭のすぐそばにあるのがわかった。
 亜紀の頭も裂けていた。
 そしてそこから白い脳みそが大量にはみ出ていて、自分の頭に振り注いでいるのだった。

(私と亜紀の脳みそが、からまっている……)
 これが、夢の中の亜紀の正体か。
 自分と考えを共有し、自分自身でありながらも、やはりどこか他人である「亜紀」をにおわせていた、あの存在。
(半分は「本当の亜紀」だったんだ……)
 現実に戻ってきてわかった真実。でも、わかったところでもう……何もかもが終わりだ。
 あと数分もしない内に、自分は死ぬ。家族とともに。

 あの長かった悪夢も……ただ一瞬の夢だったとは。たった数分の間に見た、夢でしかなかったのだ。
 何てはかないものなんだろう。人の人生なんて。

(まだだよ、お姉ちゃん……)
 亜紀の声が頭から伝わってくる。
(佐々木 怜子の事を、思い出してない……)

(佐々木 怜子……?)
 それがどう重要なのか、亜矢にはわからなかった。
(亜紀。もうみんな死ぬんだし……どうでもいいじゃないの、そんな事……)
(違うッ!!)
 亜紀は叫ぶ。
(何のために、この「現実」に戻ってきたと思ってンの?! お姉ちゃんと佐々木 怜子との関係の真相を、知るためでしょうが……!!)
(そんな……)
 亜紀の言葉に、亜矢は胸を突かれる。
(「現実」より、「夢の世界」の方が大事だって言うの、アンタは……?)

(その通りよ。ここでしっかりと思い出して、向こうの世界にちゃんと戻るのよ! ……お姉ちゃんにとって重要なのは、こっちの世界じゃない。佐々木 怜子を殺してこそ、お姉ちゃんの『地獄』が最良の状態で終わるんだから……)
(最良の状態ですって……?)
 どうしようもないくらいに破壊されてしまった、この血の惨劇の中。ここからどう、事態が良くなると言うのだろう?

(ねぇ亜紀。この現実の事はあきらめて……『地獄』こそが私の人生だから、そこを最良の状態で終わらせろっていう事なの?)
(……違うよ。佐々木 怜子を殺すために、お姉ちゃんは『地獄』の奥底からとてつもない力を引き出して、解き放つ必要がある。それが現実に作用するのよ。……ルームミラーを見なさいよ)
 視界の中のルームミラー。あれは確かに、自分が念力で動かした。
(佐々木 怜子が誰なのか知らないままだったから、お姉ちゃんはどこか、やる気が起きてなかった。でも今なら……わかるでしょ?)

 佐々木 怜子。この幼い自分と関わりあいがある女……。
(佐々木 怜子って……同級生じゃないの!)
 彼女は、教室の中にいた。シャレっ気があって、ませた感じの子だ。仲間とつるんで、いつも……
(そう。イジメられてたね、お姉ちゃんは)
 亜紀が助け舟を出してくる。
(佐々木 怜子が……ただのイジメっ子ですって?!)
 こんな場なのに、つい噴き出しそうになる。自分と佐々木 怜子の関係の真相は、その程度のものだったのか。
 ――現実に戻ったら、きっと笑えるでしょうよ。
 そんな佐々木の言葉を思い出す。確かに、笑うしかない。

(でもどうして、私があんなに佐々木さんに憎まれていたワケ? 憎むんなら、イジメられていた私の方じゃないの?)
 亜矢はそんな疑問を打ち出す。
(それについては……もう一度、佐々木さん本人に聞いてみたら?)
(……そうね。わかった)
 世界をまたいで、記憶がどれだけ維持できるのかはわからないが……そこをうやむやにしたままではいけない。戦う前にハッキリとさせておきたい。

(……ところで亜紀。向こうに戻れるの? 私は自信ないわ……)
(アタシが連れてくよ)
 亜紀の笑いを感じる。
(じゃあ、戻ろうか。『地獄』の世界にね)
 どこか知れない意識の奥底で、亜紀に手を取られる。

(あとさ、『地獄』イコールお姉ちゃんの夢、ってワケじゃあないからね。『地獄』というものはちゃんとある。誰しもが幼い頃に落ちる、悪夢の世界。それがこの事故に重なってしまったっていう事なのよ)
 もう、現実での惨劇は見えない。『地獄』へ戻ろうとしている。
(佐々木さんに打ち勝って、『地獄』に打ち勝つ事で……現実を変えられる。死ぬしかなかった現実を、いくらかでもいい方向に……)

 腕を強く引っ張られたあと、亜紀に背中を押される。
 眼前に光が弾けた。


 9


 顔に血しぶきが飛ぶ。
「うあッ!」
 途端に、激痛が頭の左半分にだけ集中する。
 眼前には、自分にのしかかっている佐々木 怜子。『地獄』へ戻ってきたようだ。

「……色々とわかったでしょ? お姉ちゃん」
 自分の頭を押さえている手が引ける。亜紀だ。
「随分とひどい荒療治をしてくれるじゃないの……。忘れないからね! 亜紀」
「無理無理……」
 亜紀は自分の役目は終わったとばかりに、身を引く。

「ぐうう……ッ!」
 拳銃で撃たれた頭が、えぐられたように痛い。
 足で廊下に押しつけられていた左腕をムリヤリ振りほどき、亜矢は傷口を押さえる。
(悪魔なんでしょ、私はッ!)
 流血がすぐに止まる。そしてその手で拳銃をつかみ取り、投げ捨てる。それは廊下の柱に当たり、何度かバウンドしながら廊下を滑っていった。

「……佐々木さん。向こうの世界を見てきたわ。私達、同級生だったのね」
 亜矢は笑いを見せる。
 それを受け、佐々木は苦笑いを返す。
「ずいぶんと怖い顔になったわねぇ。……現実での私には会ってきた?」
 佐々木は亜矢から身を離し、ゆっくりとした動作で、廊下の先に落ちた拳銃を拾いにいく。亜紀は廊下のハシに避け、知らん顔で邪魔をしない。
「そうじゃないわ。現実での私を見てきただけよ」
 亜矢も起き上がり、佐々木の背に目を向ける。
「……でもそれで、全部わかったわ。今、アナタに拳銃で撃たれたのも、ちゃんと意味があった」
 現実での自分は今、交通事故の直後にいる。幼い自分の頭が割れている。頭を撃たれた事で、その現実とのつながりができ、一瞬だけ戻る事ができたのだ。
 亜紀が、佐々木に自分の頭を撃たせた理由は、その辺にあったようだ。

「そうなの……。じゃあ私を殺す理由も見つかった?」
 佐々木は拳銃を開き、弾を込めていく。
「その辺は残念ながら……ね。現実での私の置かれている状況が、それどころじゃなかったからね。……でも、アナタが言った「笑える」っていうのは、よくわかったわ」
「あらそう? 笑えた? 私とアナタの関係に」
 弾を込め終えても、佐々木は亜矢に拳銃を向けるでもなく、静かに聞く。
「えぇ、笑えたわね。ただのイジメっ子とイジメられっ子なんでしょ、私達。しかも小学生……ですものね」
「その通りよ。でも私の憎しみは本物よ」
 佐々木はもう笑ってはいなかった。

「どうして私達、仲が悪かったの? 私を憎んでいた理由は何?」
 亜矢は強く問う。佐々木との関係における疑問。これを聞かないまま、殺し、殺されるワケにはいかなかった。
「……始めはね、大した事のない理由でアナタをイジメたんだと思う。……でもその後が悪かったのよ。アナタの態度がね、アタシをひどくいらだたせたのよ」
 佐々木は静かな面持ちで語る。
「どんな風に?」
 亜矢は聞き返す。
「気持ち悪かったのよ、アナタの態度がね。異常じみてた。イジメた後、アナタはそれをすっかりと忘れる事が多かったのよ。殴ったり、引っぱたいたり、水をかけたり……何をしても、少し経てばアナタは何事もなかったかのように、アタシに親しげに話しかけてくるの。……それがね、気持ち悪かったのよ。耐え難いくらいにね」

「あぁ、そうなんだ……。忘れやすいのは、現実も一緒なんだ……」
 亜矢は、見知らぬ自分の一面を知る。
「アナタの忘れやすさは異常だったわね。イジメてる最中でも、急に笑顔になったりするんですもの。「あれ? 何かほっぺたが痛ぁい! ……どうしてかなぁ? アハハハ」なんてね。それがワザと言ってるんじゃなく、本気だから怖くてね」
「アハハハハ……!」
 そんな亜矢の笑いに、佐々木は顔をしかめる。
「やめてよね……やっぱり怖いわ、アナタ」

 拳銃を突き出し、佐々木は亜矢に迫る。
「さぁて。昔話はもう終わりにしましょ。……で? 銃で撃たれたのは、もう全然平気なんだ? 全身をぶち抜かれても、そうして笑っていられるワケなの?」
「そんなデタラメな化け物じゃないと思いたいけど……どうかしらね?」
 亜矢は笑う。頭の痛みは充分に耐えられる程度だ。どれだけ撃たれても、本当に死なないかもしれないと思った。
「もしかすると……アナタに全身を撃たれるのが、正解なのかもしれないわね。交通事故で、全身ズタズタだったからさ、私」

「ふぅん、交通事故。それって死ぬほどの? ……ここでアタシに殺される未来が、向こうでは確定してるんじゃないの?」
「そうじゃないわ」
 亜矢は否定する。この世界で、佐々木に殺される気はない。
「どうかしらね」
 ガン、ガンッ!
 佐々木は立て続けに2発撃ち、1発が亜矢の腹に当たった。

 亜矢はよろけてうめくが、すぐに顔を上げて、笑いを見せる。
「この痛みが……現実での私が、車のシートの間に挟まって受けてる痛み……かしらね」
 幼い自分が可哀想だと思った。
 死なせたくない。このまま家族全員が死ぬなんて、あまりにも悲惨すぎる。せめて、残せる命は残したい……。

 その時、家がうなった。
 黒く、重いうなり。そこらじゅうの柱や障子が、響き声を上げる。
 家族全員の悲しみの叫び。
 亜矢は、何故今、『地獄』の世界にいるのか、考えた。

(……わかった。やっと、わかった。これは、幼い自分が引き起こした「奇跡」だったんだ)
 家族全員が死に直面したのと時を同じくして自分は『地獄』へ落ち、その現実にあらがおうとした。
 わずかに残された時間を、夢の世界に落ちる事によって何百何千倍にも引き伸ばし……自分は奇跡を起こそうとした。
(幼い自分に、未来を託されているんだ、私は)
 『地獄』という未知の世界で。願えば悪魔にも化け物にもなれるこの世界で。自分は現実を変えるすべを、手にしなくてはならないのだ……!

 目に涙を浮かべ、亜矢は笑った。
「この世界は、私の願いの全て……。死なない。今なら、絶対に死なない気がする……! アナタを狂気でひねり殺し、凶悪な力で現実をもねじ曲げてみせる……!」
 黒い霧が、手の平に宿る。
「じゃあ早く、悪魔になって見せなさいよ!」
 佐々木はさらに銃を撃つが、すぐに弾が切れる。ホットパンツのポケットを探ってみるが、もう残りの弾はなかった。
「あぁッ! もう!」
 佐々木は拳銃を廊下に叩きつける。

「もう悪魔になっているわ、だいぶね。アナタに撃たれたおかげで、怒りも狂気も、腹の底から湧き上がってきたわ……ッ!」
 亜矢は素早く佐々木に駆け寄り、その左腕をつかんだ。
「ホラあッ!」
 ベギイッ!
「ッ……! ギャアアアーーッ!!」
 佐々木の腕がへし折れる。

「おおお、オマエェエエエッ!」
 どっと吹き出る汗。口元をわななかせ、佐々木は後ずさった。
 下がった佐々木の背中に、手が触れる。佐々木は驚いて振り向く。
 ……亜紀だった。

「佐々木さーん。お姉ちゃんに敵うワケないって。お姉ちゃんはこの世界の神なんだからさぁー」
 亜紀は、佐々木の頭を正面から両手でつかむ。
「……アタシが潰しちゃおっかなぁ〜?」
「やぁ……めろッ!!」
 佐々木は身をひるがえして、目についた座敷に素早く逃げ込む。だが数歩も行かない内に、くずおれてしまう。
 その背を、亜矢と亜紀は廊下から見つめる。
「アチラさんはまだ、化け物としては中途半端なのかな?」
 亜紀は佐々木の心配をする。

「……えぇ、痛いわ。アナタ達と違ってね」
 座敷の中。佐々木は背を丸めたまま、そう返す。
「でも見てよ、これ……。何だと思う?」
 佐々木はヒジ下から折れた左腕を軽く上げる。そこからだらりと、いばらが何本か垂れ下がっていた。
 それは意思あるように蠢き、佐々木の折れた腕にからみつく。いばらはみるみる増えていき、佐々木の左腕はすっかりといばらに巻きつかれた。
 折れた腕を修復しただけではなく、いばらはさらに、真っ赤な花を咲かせていく。
「何だか知らないけど……アタシも化け物になっちゃったみたいねぇ」

「どーなんでしょうね。アタシには、その花が佐々木さんを守っているようにしか見えないんですけどね」
 亜紀がそんな事を言う。
「あぁ、そう? それはつまり、アタシ自身の力じゃないって事?」
 佐々木は亜紀にそう確認をとる。
「残念ですけど、多分そうですねー。その花に好かれてるのはわかりますけど」

「まぁいいわ。花に助けられているのなら、それはそれで。どうせこの花の意思で、アタシはここまで連れてこられたんだし」
 佐々木は立ち上がり、亜矢達に振り向く。
「……もう全然痛くない」
 笑顔で、いばらの巻かれた左腕を振ってみせた。

「その花って、飛び道具になっちゃったりするんですかー?」
 亜紀は興味深げに佐々木の腕を見る。
「さぁねぇ……。そんな気はしないけど。……まぁどうでもいいわ、こんなもの」
 佐々木の左腕は、ぶかっこうないばらの花束と化している。それを邪魔そうに振りながら、佐々木は座敷から廊下に出る。
「……で? どちらが相手してくれるの?」
 廊下の左右に分かれた亜紀と亜矢を、佐々木は見比べる。

「じゃあ、アタシで」
 亜紀は準備運動のように、両腕をぶらぶらさせる。
 その腕が振られる度に残像に影がこもり、やがてその両腕は、獣じみた剛毛に覆われた悪魔の腕と化した。
「アタシの場合は、最初からデタラメなもので。すいませんけどね」
「何であろうと、切り裂くのみよ」
 佐々木は右手にナイフを構える。亜紀の化け物の腕に、怖気づいた様子はない。

「じゃあ、私は見てるわね」
 亜矢は数歩下がる。
「どうせ決着はつかないでしょ?」
「言ってくれますねぇ……」
 亜紀としても、姉の大事な最期のひと時を奪う気はない。佐々木の腕試し、というところだ。腕に巻きつくいばらの正体は不明だし、いきなり姉を戦わせるのは忍びないと思ったのだ。
(亜紀は死なないからね。多少、無茶をしても大丈夫……)
 亜矢としても、ちょっと気を抜いてなりゆきを見ているつもりだった。
 しかし、亜矢はそこで信じられないものを見た。
「うぶっ!」
 いきなり、亜紀が血を吐いたのだ。

「……あら? どうかした? アタシは何もしてないんだけど」
 佐々木にもわからない。
 亜紀はそれから何度かむせるように血を吐き、廊下にヒザをついた。

「ちょっと亜紀……! どうしたのよ?」
 亜紀が死ぬ、という事はないハズだ。亜紀はその身体が粉々に砕けても、死ぬ事などなかった。だからきっと、今も大丈夫だろう……。
「うぐあああッ!!」
 しかし、亜紀の苦しみ方が異様だ。その頭が裂け、白いものがどばどばとその顔にあふれ出ている……。
「どうしたってのよ……?!」
 亜矢は、佐々木の背後から黙って見ているつもりだったが、そうもいかなくなった。
 佐々木の脇を抜けて、廊下にうつ伏せてしまった亜紀の元に行く。佐々木も状況を知りたいがためか、邪魔をせずに見守る。

「し……死ぬ……! アタシ、死ぬ、寸前にいる……!」
 亜紀の頭はぱっくりと裂け、飛び出ている白いものは、脳みそであるようだ……。
「アタシ、この世界にもう、いられなくなっちゃったみたい……。そっか……。お姉ちゃんよりちょっと先に、アタシが死ぬんだよ、現実では!」
「亜紀!!」
「アタシの脳みその一部が、お姉ちゃんとからみあって……お姉ちゃんの夢の中に、アタシもいる事ができた。でももう、アタシの脳細胞は終わり……」
「あ、あ、あ……亜紀ッ!」
 亜矢は亜紀のほほをなで、その肩を抱き、どうしたらいいかわからずに、うめく。

「お姉ちゃんがさっき感じた「奇跡」。現実を歪めるほどの力。それをアタシ、期待してる……」
 閉じられる寸前の亜紀のかすかな瞳を、亜矢はじっと見つめる。
「じゃあね……さよなら。お姉ちゃん……」
 亜紀は頭をがっくりとたれ下げる。
 脳みそが廊下にどろどろと流れ出て……亜紀はもう、動かなくなった。


「……えーと。感動の場面はおしまい?」
 佐々木は亜矢の背後から声をかける。待ってあげたとばかりに、ナイフをひらひらと動かす。
「そうみたいね」
 亜矢は涙をふき、振り向いて佐々木を見上げる。
「待たせて悪かったわね」
 亜矢は立ち上がる。

「私がさっき現実に戻ってしまったおかげで、あっちの時間がだいぶ過ぎてしまったのよ。私達は交通事故の直後にいるの。家族全員がほとんど即死の状態。その現実での時間が数分が過ぎてしまったから……今、亜紀が死んだの。私も間もなく死ぬでしょうね」
 事情がわからないであろう佐々木に、亜矢はそう説明する。
「あぁ、そう?! そろいもそろって、現実じゃあアタシ達、みーんな死ぬ寸前にいるんだ……?」
 佐々木は笑いを上げる。
「……みんな? どういう事? 佐々木さんも……死ぬ寸前にいるって言うの?」
 亜矢は聞き返す。

「そうよ。私も死ぬ寸前よ。残念ながらね。だからこんな……異世界にいるんじゃないの」
 そんな佐々木の言葉。
「ウソでしょう……? そんな偶然……」
 自分と亜紀の事情にばかり目が向いていたせいか、佐々木にも「死」の事情があるなどと、考えもしなかった。

「本当よ。別に隠していたワケじゃないわ。この間、妹さんに殺されかけたでしょ? その時、現実を見てきたのよ。アタシは現実で、もうろうとしている状態にあるの」
「小学生の……佐々木さんが?」
「そう。小学生のアタシは今、息も絶え絶えに苦しんでる。そっちが現実なんだっていうのもわかる。こっちの世界こそが夢。どうしてアナタの夢とつながっちゃったのか、という事まではわからないんだけどさ。……まぁよりによって、一番嫌いな奴の夢とつながるなんてねぇ」
 佐々木はナイフを亜矢に向ける。
「……どう? 決着が先? それとももう少しだけ、聞いてもらえる?」
「まだ大丈夫だから、話してよ」
 亜紀のように、自分の死もいつ来るかわからない。でも佐々木の話は最後まで聞いておきたかった。

「……まぁひどい状況よ。夏休みに入ってから何日か、ロクに食べ物をもらえなくてさ……アタシは、部屋の中で動けないままでいるの。ベッドにずっと寝たきり」
(夏休み……)
 亜矢は自分の家族が高速道路で起こした事故も、おそらくは夏休み中の事故なんだと思った。
「母親がパチンコ狂いでさぁ……頭がおかしいのよ。毎日毎日朝から晩まで、パチンコ屋に行ってるみたいなんだけど……負けた日は絶対に、ご飯を食べさせてもらえないの」
 佐々木は笑いながら話す。
「それはね、アタシが神さまに「お母さんがパチンコで勝てますように」って、しっかりと祈らなかったバツなんだって。だからアタシは毎日いつでも、必死で祈ってたわ。そうじゃないと、ご飯抜きだからね。アハハハ」

「でさ。夏休み中だからなお一層、地獄になったのって、わかる? 学校に行けば、給食が出るでしょ? あれが唯一、毎日食べられる事を保証された食事だったのよ。……夏休みに入ってからはそれがない。だからアタシのひもじさったら……なかったわね」
 幼い自分を哀れむように、佐々木は苦しい表情に変わる。
「……2年くらい前かな? お父さんに愛想つかされて出ていかれたのは。それからずっと、お母さんはアタシに「バツ」を与え続けたのよ……」
 ――まともにご飯を食べさせてもらえない。
 佐々木が現実で抱えている苦難は、亜矢から見れば、ありえないほど馬鹿げた話だった。

「でさ。この夏休み中、お母さんはパチンコで連日負け続きでさぁ……。3食、何も食べさせてもらえないから……アタシの身体はもう、3日くらいでダメになっちゃってさ。冷蔵庫もカラッポだし、とりあえず水だけ飲んでたけど……もう無理。だからといってお金もないし、自力じゃどうする事もできない。他人に泣きついて何かを食べさせてもらおうものなら……お母さんは火がついたように怒って、アタシを殺すくらい殴ったでしょうし……」
(虐待……)
 佐々木は親に虐待されていたから、心がねじ曲がっていたのか。自分をイジメていたという佐々木にも、同情の余地があったらしい。亜矢は黙って聞き続ける。
「……身体がだるくて、ベッドから動けない状態。夏休みだから、暑いでしょ? なのにクーラーもない部屋で、一日じゅうこもりっきり。窓なんか開けてても閉めててもおんなじ。汗が出尽くして脱水症状になって、息も絶え絶えになって……とにかく、お母さんが家に帰ってくるのをひたすら待ってた。……でも今、何日か帰ってきてないのよ。だからアタシは、死にかけてるの。家の中で、一人っきりでね」

「そんなにひどい状況なの……? そんな家、出てしまえば良かったのに。先生に相談するとか……」
 そんな亜矢の言葉を受け、佐々木は首を振る。
「アナタに人生相談をしてるんじゃないわ。アタシの置かれた状況を、知ってもらいたかっただけ。……とにかくアナタだけじゃなく、アタシも同時に、死ぬ間際にいるって事を言いたかったのよ」
「……わかったわ。理解した」
 亜矢はうなずきを返す。
「ここで私達がどうなっても……現実に戻れば、お互いにすぐ、死んじゃうのかもしれないわね」

「そうね。アナタは交通事故死。アタシは衰弱死。その死の間際に見ているお互いの夢が、どうしてか、こうやってからみあってる。死ぬまでのほんの短い時間を……この夢の中で、極限まで引き延ばして生きてるのよね、アタシ達は」
「そんな感じね」
 そう返しながら、亜矢は不思議な気持ちになる。
 もしかすると、佐々木も死の間際で『地獄』に落ち、「奇跡」を起こす余地を与えられているのかもしれない。
 自分と佐々木 怜子は、全く同じ状況にいるのか。そうすれば、今いるこの『地獄』は、半分、佐々木のものなのかもしれない。

 佐々木の話を聞いている内に、亜矢の中でどんどん殺意が失せていく。
 人間なんてものは、互いが胸に抱えている事情を知ってしまえば……誰をも憎む事なんて、できなくなるのかもしれない。
 ……でも、遠慮して佐々木に自分の命をくれてやるほど、自分はお人好しではない。
 佐々木を殺して、自分の現実に何らかの奇跡を起こせるのならば……その先を見てみたい。

 廊下を踏み直し、改めて亜矢は佐々木にしっかりと向きあった。
「……長いムダ話は終わった?」
「言ってくれるじゃないの……。もう終わりよ。じゃあ心おきなく、殺しあいましょうか?」
 佐々木はナイフを座敷に向け、自ら進んで暗い座敷に足を向ける。
 亜矢は、無残な姿で死に絶えた亜紀のそばにひざをつき、ナイフを手に取った。
「借りるわね」
 そうして亜矢も座敷に入った。

 廊下から、一段暗くなる。温度も急激に下がる。
 亜矢と佐々木は、互いにひと振りのナイフを手に、静かに向きあう。
「……長く生きてきて。現実だと疑いもしなかったわ、この世界の事を。だからウソの世界なんだって気づいた時、凄くガッカリしたわ。今までしてきた事は一体何だったのか、ってね」
 佐々木は自分の人生を思い起こす。人を殺して殺して、殺しまくった。だがその全てが夢のようなものであったのならば、世界には何の爪跡も残せていない事になる。自分の狂気は、カラ回りしただけだったのだ。
「その辺だけ私達、少し違うようね。私はこの世界が初めから、現実じゃない事はわかってた。ずうっと、どこか狂った世界だったのよ。でもそれが『地獄』というものなんだって教わったのは、つい最近の事」
 亜矢は『地獄』の事を、安斉さゆりに教わった。

「……『地獄』?」
 今さらながら、佐々木はその単語に反応する。
「えぇと。話すと長くなるから……聞かなかった事にしておいて」
 亜矢は苦笑する。自分と同様、佐々木も何も知らないまま、『地獄』に落とされたのだろうか。
「お互いに終わる寸前にいるんだから……全力で殺しあいましょう? 悔いのないように」
 中途半端では終わらせない。必ず佐々木を殺して、この『地獄』を閉じる。
「私は現実なんかより、よっぽどこの世界の方が楽しかったわ」
 佐々木はまだまだ、人を殺し足りていない。他人に対する憎しみは、死ぬまで尽きそうにないと思った。

 互いに殺意を固めていく。
 ……どこにも存在しない、今の自分達。相手を殺したからといって、この先、生き延びられると決まっているワケでもない。
 『地獄』の終わり。もう一つの自分の人生を終えるにあたって、最大限の力を解き放ちたい。亜矢はただ、そう願う。
「今のアタシ達に共通する事がありそうね。……「人間嫌い」。そうでしょ、亜矢さん?」
 ふいに佐々木が言う。
「違いないわ」
 亜矢もそれには充分、思い当たる。
 他人と親しくする事を、よしとしない。他人など、理解しなくていい。他人など、邪魔なだけだ。うっとうしいだけだ。憎いだけだ。殺したいだけだ……。
 長い『地獄』の中で育ったその狂気を、この最期の場で貫き終えたい。
 亜矢はきつく、奥歯を噛んだ。

「アナタの闇……ホント、心地良いわね。この冷たさが、現実のアタシにも伝わってる。まだもう少しだけ、生きられそう」
 そんな佐々木の言葉に、亜矢は牙を剥く。
「いいえ。誰も生かさないわ。私の闇の中には、希望なんてものはない」
 ――学校で繰り広げた、血みどろの地獄。
 あれこそが、自分の狂気を最大限に映し出した場なのだ。
 自分が望むものは……『地獄』。それ以外、ありえない。

「アタシの持つ闇に勝てるかしらねぇ……?」
 佐々木は亜矢を殺したら、バラバラに切り刻んでバスルームに沈め、その血肉の海に浸りながら、この夢を終えたいと願う。
 数分数秒後にでも死んでしまう亜矢と違って、現実の自分はまだまだ死なない。そのくらいの余裕がある事を知っている。

(ここまで来てるのに……私にはまだ、覇気が足りてない)
 亜矢は泣きたくなる。このまま戦いなどせずに、静かに死にたいと願う自分がいる。
(ここで狂気を打ち出さないと……戦いにすらならない)
 ナイフを自分の胸に突き立てたい気分だ。

(お姉ちゃんはさ)
 ふいに亜紀の声。
(いつもせっぱつまらないと、本気を出さないんだよねぇ……)
(せっぱつまる……か)
 亜紀の言葉に亜矢は笑みをもらす。
(また拳銃で撃たれるぐらいの衝撃がないと、私は本気を出せないんだわ、きっと)
 亜矢はナイフを座敷の外に投げ捨てた。

「私の……本当の闇が知りたい?」
 亜矢はおどけるように、両の手の平を佐々木に見せる。
「私を本気で殺してみて。その間際に、アナタを地獄へ送ってあげるから」
「へぇ。……いいわ。やってあげる」
 佐々木は亜矢の本気が見たくて、了解する。
「ただし、綺麗には殺さないわよ!!」
 佐々木はナイフを逆手に持ち、鬼の形相で亜矢に襲いかかった。

 亜矢は歯を食いしばり、激痛を待ち構える。
 ドヅッ!
 胸に来る、重く鋭く、深い痛み。そのまま足を滑らせて、亜矢は倒れる。
 その上に馬乗りになり、佐々木は笑う。
「さぁ……アンタの本気、見せてもらうからねえッ!」
 そして佐々木は迷わず、亜矢の顔面にナイフの刃を打ち降ろした。


 亜矢の視界が弾け飛ぶ。
 現実も『地獄』も、何もなくなる。
 だがその狭間の中で、自分の中から生まれ出てくる化け物がいた。
 真っ黒い2本の大きな腕が、佐々木を引っつかんで、ねじり上げる。
「あ、あ、あ、アタシだって……悪魔なんだよおッ!」
 佐々木の叫び。いばらの群れが、うねりながら猛然と湧き出る。
 それは悪魔の腕をぎゅうぎゅうに締めつけ、へし折ろうとする。
「ハハハハハ!」
 笑いを上げたのは、亜矢だ。砕かれた顔の奥で、歯だけが笑っている。
 亜矢から這い出た悪魔の腕は、5本にも6本にも増えた。それが佐々木のいばらを引きちぎっていく。
「ギャアアアアーーッ!」
 佐々木の身体が、いばらごと粉砕されていく。
「でもアタシはお前なんかに……ッ!」
 佐々木の砕かれた血肉がなおもいばらを生んでいき、悪魔の腕をからめとる。
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!」
 顔を失った亜矢の身体が突如立ち上がり、顔全体が巨大な牙と化して、いばらに噛みつき、荒々しく引きちぎった。
 佐々木は必死で反撃しようとするが……もうその身体はいくつにも分断されて、力が入らなかった。

 それでもなお、ドス黒い猛獣は咆哮を続け、佐々木の肉を強靭な腕で引きちぎっては、上下の牙の中に放り込んで、飲み下していくのだった。


 エピローグ


 亜矢と佐々木の意識は、どこかしれない闇へと呑み込まれた。
 その後。長くて短い永遠の先に、生きた光が差した。
(どうして私は……生きてるの?)
 柚木伏 亜矢は、病院のベッドの上で意識を取り戻した。
 それと同時に、頭の中から急速に消え去っていくもう一つの世界。
 亜矢はまたすぐに目を閉じて、それらが全てなくなってしまわないように、意識を押しとどめた。

 ――高校に通っていた自分。
 ――妹の亜紀。
 暗く、古びた家。
 血だらけの、地獄の世界。
 そして……佐々木 怜子。

(怜子ちゃん……?)
 夢で見た佐々木 怜子は大人の女性だった。そして自分も、夢の中では大人だった。
(大人と言うか……高校生か)
 今の自分から見れば、高校生もはるか大人だ。
 こうして目覚めた今、自分は……小学5年生だった。

「おはよう」
 そばから、そっと声をかけられる。
 右を向くと、そこに小さな女の子がいた。
「怜子ちゃん……」
 亜矢はじっと見つめる。
「助けられたよ、アタシ」
 佐々木 怜子は笑いを見せる。
「馬鹿だよね、亜矢ちゃんって。事故で助けられた時にさ、救急隊員にアタシの事を言ったんだって?」

 言われて思い出す。
 高速道路での事故。大型トレーラーに乗り上げられて、押し潰された車内から助け出された時、亜矢は叫んだのだ。
 ――アタシのクラスの友達の、佐々木 怜子ちゃんが、お家で死にそうになってるの! 助けてあげて……

 亜矢は微笑む。
「良かったね、助かってさ……」
「そうでもないわ。余計な事してくれちゃってさ。……別に生きたくなんかなかったもの。母親があんなに馬鹿じゃ、この先また殺されるだけよ」
 そっぽを向く怜子の顔はまだ、やつれぎみだった。
「どこか……施設にでも行けばいいじゃん」
 亜矢はそう提案する。

「知らないわよ、そんなの……」
 そう言いつつ、怜子は亜矢のベッドの足元をくるりと廻り、左手そばにあったナースコールのボタンを手にした。
「呼ぶでしょ? 押してあげる」
「うん……」
 亜矢はうなずき、目を閉じた。

 ●

 医者と看護婦が来て、容体を診られた後、亜矢は覚えている事などを聞かれる。

 自分の名前。年齢。家族の事。
 夏休み中、家族4人で遠出して、高速道路で事故にあった事。

 どんどん現実を思い出していき、それとともに、長年生きた『地獄』の世界の記憶を忘れていく……。
 あれはやっぱり、ただの夢みたいなものだったのか……。
 そうは思いたくない。でもどうしようもなく、本当にただの夢でしかなくなってしまっている……。

「お父さんとお母さんと、妹の亜紀は……やっぱり死んじゃいましたか?」
 話が一段落ついた時、亜矢はぽつりとそう医者にたずねる。
「いや……ひどい怪我だから、まだ会えないんだけど……う〜ん」
 医者は言葉をにごす。
 亜矢は微笑む。
「いえ、いいんです。……やっぱり死んじゃってますよね。あれだけひどい事故だったんだし……」
 こうして自分が生きている事ですら、奇跡なのだ。
「それにもう……ずっと前から……」
 そう。夢の世界の中ではもう、何年も前に終わっていた事だったのだ。亜紀をも失ってしまったのは残念だが、今さら、驚きはしない。

 でも、不思議だ。
 まるで時間が戻ったかのようだ。自分はまた小学5年生から、生き直せるのだ。
 夢の中のあの長い歳月は……確かにあったと思う。一日一日を噛みしめるように、確かに生活してきたのだ。
 無数の悪夢があり、狂気があり、血肉を目の当たりにしてきた。
(あの世界で、何を得たんだろう、私は……)
 亜矢はじっと考える。狂ったり、人を殺したり、血を見て喜んだり……そこに、何があったんだろう?
 何もなかったかもしれないし、たくさんの事を得たかもしれない。
 あの長い歳月を生きたというだけで、充分なのかもしれない。

(でもどうして生きているのかわからない……)
 事故直後。ルームミラーで確認した自分の姿。
 頭が半分割れていて、脳みそが飛び出ていた。それを医者が治療してくれた……などという事は信じられない。
 何かが変わっている。何かがおかしい……。

 医者達が去り、佐々木 怜子がまた顔を出してくる。
「ホラ、鏡」
 手鏡を渡される。見れば、顔の半分ほどが包帯に覆われている。
「頭の左側。アタシが拳銃で撃った傷だよね?」
 佐々木は得意げな顔で言うが、亜矢は何の事かわからなかった。冗談かと思った。

「私を……憎んでるのよね、怜子ちゃんは」
 亜矢は静かに言う。
「そうね。子供なりに、ね」
 佐々木はやんわりと言うが、次第に表情を落としていく。
「どうして……? 私、怜子ちゃんに何かひどい事をしたのかな……?」
 亜矢は訴えるように、聞く。
「まーね。アンタとにかく、キモかったからさ」

「キモイ……?」
 亜矢は泣きそうな顔になる。
 一方、佐々木は苦笑を交えて得意げに言う。
「夢の中でも言ったじゃん? アンタすごく忘れやすくてさー、気持ち悪いって。イジメてるさいちゅうに急にケロッとした顔になったり、泣かせるほどイジメたのに、翌朝には「怜子ちゃん、おはよー!」……だからねぇ」
「あぁ、そうなんだ……」
 異様に忘れやすい。そんな自分の体質が、佐々木 怜子を不快にさせていたらしい。

「亜矢さん? アタシはブレないわ。感動の再会とか、「生かしてもらってありがとう」とか、そういうものはないの。生きてたのを後悔するほど、この先もアンタをイジメ抜いてあげるから、覚悟しなさいよ。アンタの地獄は、ここからさらに始まるのよ……」
 佐々木の顔に狂気が宿る。
 だが、亜矢はたじろがなかった。
「全然怖くないわ。イジメられたら……怜子ちゃんをイジメ返してあげるから。そっちこそ覚悟しといて」

「え? アハハハ! それウケルわぁ〜! ちょっと怖い」
 怜子は噴き出した。
 亜矢も一緒に、笑った。

 ●

 真夜中。
 亜矢はそっと病室を抜け出た。

 涙を流しながら階下へと向かい、やがて地下に来る。
 ――死体安置所。
 扉は閉まっている。ノブをひねっても開かない。鍵がかかっているようだ。だが亜矢はなおもノブをひねった。
 その腕に血管が浮き出る。
 バキン……ッ!
 ノブは壊れ、扉が開いた。

 ベッドは10ほど並んでいる。シーツを被った死体は5つほどある。
 亜矢は奥へと進み、足を止める。
「お母さん……」
 盛り上がったシーツに手をそえて、亜矢は嗚咽を上げる。
「成仏してね……。今までありがとう」
 その右隣のベッド。そこには父親がいる。
「お父さんも……安らかに成仏してね。忘れないよ……優しくしてくれて、ありがとう」
 そして妹の亜紀のベッドの横に立つ。
「……亜紀」

「色々とわかった事があるわ……。あの夢の世界。あれはやっぱり無意味じゃなかったのよね……? そうでしょ」
 シーツに手をそえる。亜矢はもう、泣いてはいなかった。
「事故の直後に開けた『地獄』の世界。あれは神さまが与えてくれた、私の希望。この現実を変える力を持っていた」
 シーツを軽くぽんぽんと叩く。

「その『地獄』に、私は打ち勝った。『地獄』を無事に切り抜けられる子供達は大勢いても……打ち勝てる子供はそうそうはいない。あの『地獄』で打ち勝つという事は、悪魔を負かしたという事。よほどの「狂気」がないと、無理なのよね……」
 亜矢は笑みをもらす。
「『地獄』に打ち勝ち、私は強大な力を手にして……現実をも変える事ができた。本当は即死だった私を、この程度の怪我で済ませてしまった……。そうでしょ、亜紀?」
 亜矢は何度も、亜紀に問いかける。

(そうよ……)
 静かに亜紀の声が返ってくる。
(お姉ちゃんが長く生きた夢……あの『地獄』は、「現実でのお姉ちゃんを生かすために」あったのよ……)
「そして、アンタもでしょ? 亜紀!」
 亜矢はシーツをサッとめくり上げる。

 そこには、笑っている亜紀がいた。

 ●

 2人で裸足のまま、病院を抜け出す。
 闇に染まった空を見上げ、静かな街外れを歩いていく。

「本当の現実に、帰ってこれたねぇ」
 白いシーツに身をくるんだままの幼い亜紀が、そっとつぶやく。
「風を感じるわ……。空気も透き通ってる。やっぱり現実は……違うわねー!」
 パジャマ姿の亜矢は両腕を広げて、軽く駆け廻る。

「どれどれ……キャハハ!」
 亜紀も両腕を広げて、駆ける。シーツを落とし、丸裸になる。

「現実、ゲンジツゥ!」
 2人ははしゃぎあう。
 今だけは、何もかもを忘れて。


(『眠れる二重身』 完)




 >あとがき

 この小説は、「赤いドレスの口裂け女」の続編なんですけどね。
 あれはホント好き勝手に書きました。展開の失敗も恐れずに、メチャクチャやってました。亜矢が自分の口をハサミで切ったりとか。
 しかも連載形式でやってましたからね。今思えば、「恐れを知らずによくやれたな」と思ったりします。逆に今は慎重になりすぎて、そういう危険な橋を渡ろうとしない自分が、何だかつまらないヤツに思えてしまったり。

 で。柚木伏姉妹は結構なお気に入りで、ぜひまた書きたいとずっと思っていました。で、どんな妖怪と戦わせるか考えている内に、「妖怪と戦う」というような話がどんどん書けなくなっていってしまい、今回みたいな形になりました。


 「地獄」という異世界。今回はそれをメインにして書けたので、もやもやしていたものをいくらかはスッキリさせる事ができた気がします。
 昔は「そういうものが本当にあるのだ」と自分なりに信じて(危ないヤツ…)書いていた気もしますが、最近はどうにもそういう感覚を忘れてしまって、すっかりただの想像(ファンタジー)の世界になってしまっているようなのが、残念かな、と。
 でも現実ととなりあったような異世界を描くのは楽しいです。


 なお第2話の綴野(つづりの)という女と、最終話の佐々木 怜子という殺人鬼は、他の作品にも登場させています。
 佐々木 怜子については、「白いメリーさん」にも出ています。佐々木のドッペルゲンガーですね。メチャクチャな事をやらかす女です。彼女が主役の長編小説があったりもします。賞にも落ちた事だし…いつかこのサイトで公開してみるのもいいかもしれませんね。

 この「眠れる二重身」で柚木伏姉妹の話は完結……だろうな、とは思っていますが、何だかまだ書き足りていないような気もするので、いつかまたいいアイディアが浮かんだら、挑戦してみてもいいですね。
 亜紀についてはそこそこ好きに書けたんですが、肝心の亜矢の個性がまだ引き出せていない気もするので。

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。まだまだ小説は書いていきますし、まだまだ納得のいく物語は書けていませんが、まぁとにかく、勉強しつつ書いていく他なさそうですね。


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